上野尼御前御返事
400 上野尼御前御返事
聖人ひとつゝ(筒)、ひさげ(提子)十か。十字百。あめひとをけ(一桶)、二升か。柑子ひとこ(一篭)、串柿十連。ならびにおくり候了。春のはじめ御喜花のごとくひらけ、月のごとくみたせ給べきよし、うけ給了。
抑故五らうどのの御事こそをもいいでられて候へ。ちりし花もさかんとす、かれしくさ(枯草)もねぐみぬ。故五郎殿もいかでかかへらせ給ざるべき。あわれ無常の花とくさとのやうならば、人丸にはあらずとも、花のもともはなれじ。いはうるこま(駒)にあらずとも、草のもとをばよもさらじ。経文には子をばかたきととかれて候。それもゆわれ候か。梟と申とりは母をくらう。破鏡と申けだものは父をがいす。あんろく(安録)山と申せし人は、師史明と申子にころされぬ。義朝と申せしつはものは、為義と申ちゝをころす。子はかたきと申経文ゆわれて候。又子は財と申経文あり。妙荘厳王は一期の後、無間大城と申地獄へ堕させ給べかりしが、浄蔵と申せし太子にすくわれて、大地獄の苦をまぬがれさせ給のみならず、娑羅樹王仏と申仏とならせ給。生提女と申せし女人は、慳貪のとがによて餓鬼道に堕て候しが、目連と申子にたすけられて餓鬼道を出候ぬ。されば子を財と申経文たがう事なし。
故五郎殿はとし十六歳、心ね、みめかたち、人にすぐれて候し上、男ののう(能)そなわりて、万人にほめられ候しのみならず、をやの心に随こと、水のうつわものにしたがい、かげの身にしたがうがごとし。いへ(家)にてははしら(柱)とたのみ、道にてはつへとをもいき。はこのたから(筐財)もこの子のため、つかう所従これがため。我し(死)なばになわれてのぼへゆきなんのちのあと、をもいをく事なしとふかくをぼしめしたりしに、いやなくなくさきにたちぬれば、いかんにやゆめかまぼろしか。さめなんさめなんとをもへども、さめずしてとし(年)も又かへりぬ。いつとまつべしともをぼへず。ゆきあう(行逢)べきところだにも申をきたらば、はねなくとも天へものぼりなん。ふねなくとももろこしへもわたりなん。大地のそこにありときかば、いかでか地をもほらざるべきとをぼしめすらむ。
やすやすとあわせ給べき事候。釈迦仏を御使として、りやうぜん浄土へまいりあわせ給へ。若有聞法者無一不成仏と申て、大地はさゝばはづるとも、日月は地に堕給とも、しを(潮)はみちひぬ代はありとも、花はなつ(夏)にならずとも、南無妙法蓮華経と申女人の、をもう子にあわずという事はなしととかれて候ぞ。いそぎいそぎつとめさせ給へつとめさせ給へ。恐々謹言。 正月十三日 日蓮 [花押] 上野尼御前 [御返事]