重須殿女房御返事(十字御書)
399 重須殿女房御返事
十字一百まい・かしひとこ(菓子一篭)給了。正月の一日は日のはじめ、月の始め、としのはじめ、春の始。此をもてなす人は月の西より東をさしてみつがごとく、日の東より西へわたりてあきらかなるがごとく、とく(徳)もまさり人にもあいせられ候なり。
抑地獄と仏とはいづれの所に候ぞとたづね候へば、或は地の下と申経もあり、或は西方等と申経も候。しかれども委細にたづね候へば、我等が五尺の身の内に候とみへて候。さもやをぼへ候事は、我等が心の内に父をあなづり、母ををろかにする人は、地獄其人の心の内に候。譬へば蓮のたねの中に花と菓とのみゆるがごとし。仏と申事も我等心の内にをはします。譬へば石の中火あり、珠の中に財のあるがごとし。我等凡夫はまつげのちかきと虚空のとをきとは見候事なし。我等が心の内に仏はをはしましけるを知候はざりけるぞ。ただし疑ある事は、我等は父母の精血変じて人となりて候へば、三毒の根本婬欲の源也。いかでか仏はわたらせ給べきと疑候へども、又うちかへしうちかへし案候へば、其ゆわれもやとをぼへ候。蓮はきよきもの、泥よりいでたり。せんだんはかうばしき物、大地よりをいたり。さくらはをもしろき物、木の中よりさきいづ。やうきひ(楊貴妃)は見めよきもの、下女のはらよりむまれたり。月は山よりいでゝ山をてらす。わざわいは口より出でゝ身をやぶる。さいわいは心よりいでゝ我をかざる。
今正月の始に法華経をくやうしまいらせんとをぼしめす御心は、木より花のさき、池より蓮のつぼみ、雪山のせんだんのひらけ、月の始て出なるべし。今日本国の法華経をかたきとしてわざわいを千里の外よりまねきよせぬ。此をもつてをもうに、今又法華経を信人はさいわいを万里の外よりあつむべし。影は体より生もの、法華経をかたきとする人の国は、体にかげのそうがごとくわざわい来べし。法華経を信人はせんだんにかをばしさのそなえたるがごとし。又々申候べし。 正月五日 日蓮 [花押] をもんすどのゝ女房 [御返事]