盂蘭盆御書
374 盂蘭盆御書
御返事 [ぢぶどの(治部殿)のうばごぜんのかへり事] 日蓮 麞牙一俵・やいごめ(焼米)・うり・なすび等、仏前にささげて申上候了。 盂蘭盆と申候事は、仏の御弟子の中に目連尊者と申て、舎利弗にならびて智慧第一・神通第一と申て、須弥山に日月のならび、大王に左右の臣のごとくにをはせし人なり。此の人の父をば吉懺師子と申、母をば青提女と申。其母の慳貪の科によて餓鬼道に堕て候しを、目連尊者のすくい給より事をこりて候。
其因縁は母は餓鬼道に堕てなげき候けれども、目連は凡夫なれば知ことなし。幼少にして外道の家に入り、四井陀・十八大経と申外道の一切経をならいつくせども、いまだ其母の生処をしらず。其後十三のとし、舎利弗とともに釈迦仏にまいりて御弟子となり、見惑をだん(断)じて初果聖人となり、修惑を断じて阿羅漢となりて三明をそなへ六通をへ(得)給へり。天眼をひらいて三千大千世界を明鏡のかげのごとく御らむありしかば、大地をみとを(見透)し三悪道を見る事、冰の下に候魚を朝日にむかいて我等がとをしみるがごとし。其中に餓鬼道と申ところに我が母あり。のむ事なし、食ことなし。皮はきんてう(金鳥)をむしれるがごとく、骨はまろき石をならべたるがごとし。頭はまり(毬)のごとく、頸はいと(絲)のごとし。腹は大海のごとし。口をはり手を合せて物をこへ(乞)る形は、うへたるひる(餓蛭)の人のか(香)をかげるがごとし。先生の子をみてなか(泣)んとするすがた、うへたるかたち、たとへをとるに及ばず。いかんがかなしかりけん。法勝寺の修(執)行舜観(俊寛)がいわう(硫黄)の嶋にながされて、はだかにて、かみ(髪)くびつき(頸付)にうちをい、やせをとろへて海へんにやすらいて、もくづ(藻屑)をとりてこし(腰)にまき、魚を一みつけて右の手にとり、口にかみける時、本つかい(仕)しわらわ(僮)のたづねゆきて見し時と、目連尊者が母を見しと、いづれかをろかなるべき。かれはいますこしかなしさわまさりけん。
目連尊者はあまりのかなしさに大神通をげんじ給い、はん(飯)をまいらせたりしかば、母よろこびて右の手にははんをにぎり、左の手にてははんをかくして口にをし入給しかば、いかんがしたりけん、はん変じて火となり、やがてもへあがり、とうしび(燈心)をあつめて火をつけたるがごとくぱともへあがり、母の身のこここことやけ候しを目連見給て、あまりあわてさわぎ、大神通を現じて大なる水をかけ候しかば、其水たきぎとなりていよいよ母の身のやけ候し事こそあわれには候しか。其時目連みづからの神通かなわざりしかば、はしりかへり、須臾に仏にまいりて、なげき申せしやうは、我が身は外道の家に生て候しが、仏の御弟子になりて阿羅漢の身をへ(得)て、三界の生をはなれ、三明六通の羅漢とはなりて候へども、乳母の大苦をすくはんとし候に、かへりて大苦にあわせて候は心うしとなげき候しかば、仏け説云、汝が母はつみふかし。汝一人が力及べからず。又多人なりとも天神・地神・邪魔・外道・道士・四天王・帝釈・梵天の力も及べからず。七月十五日に十方の聖僧をあつめて、百味をんじき(飲食)とゝのへて、母のく(苦)はすくうべしと[云云]。目連 仏の仰のごとく行しかば、其母は餓鬼道一劫の苦を脱れ給きと、盂蘭盆経と申経にとかれて候。其によて滅後末代の人々は七月十五日に此法を行候なり。此は常のごとし。
日蓮案云、目連尊者と申せし人は十界の中に声聞道の人、二百五十戒をかたく持事石のごとし。三千の威儀備てかけざる事は十五夜の月のごとし。智慧は日ににたり。神通は須弥山を十四さう(匝)まき、大山をうごかせし人ぞかし。かゝる聖人だにも重報の乳母の恩ほうじがたし。あまさへ(剰)ほうぜんとせしかば大苦をまし給き。いまの僧等の二百五十戒は名計にて、事をかい(戒)によせて人をたぼらかし、一分の神通もなし。大石の天にのぼらんとせんがごとし。智慧は牛にるいし、羊にことならず。設千万人をあつめたりとも父母の一苦すくうべしや。せんずるところは目連尊者が乳母の苦をすくわざりし事は、小乗の法を信じて二百五十戒と申持斉にてありしゆへぞかし。されば浄名経と申経には浄名居士と申男、目連房をせめて云供養汝者堕三悪道[云云]。文の心は二百五十戒のたうとき目連尊者をくやうせん人は三悪道に堕べしと[云云]。此又唯目連一人がきく(聞)みゝ(耳)にはあらず。一切の声聞乃至末代の持斉等がきくみゝなり。此浄名経と申は法華経の御ためには数十番の末への郎従にて候。詮ずるところは目連尊者が自身のいまだ仏にならざるゆへぞかし。自身仏にならずしては父母をだにもすくいがたし。いわうや他人をや。
しかるに目連尊者と申人は法華経と申経にて正直捨方便とて、小乗の二百五十戒立どころになげすてゝ南無妙法蓮華経と申せしかば、やがて仏になりて名号をば多摩羅跋栴檀香仏と申。此時こそ父母も仏になり給へ。故法華経に云我願既満衆望亦足[云云]。目連が色心は父母の遺体なり。目連が色心仏になりしかば父母の身も又仏になりぬ。例せば日本国八十一代の安徳天皇と申せし王の御宇に、平氏の大将安芸守清盛と申せし人をはしき。度々の合戦に国敵をほろぼして上太政大臣まで臣位をきわめ、当今はまご(孫)となり、一門は雲閣月卿につらなり、日本六十六国島二を掌の内にかいにぎりて候しが、人を順こと大風の草木をなびかしたるやうにて候しほどに、心をごり身あがり、結句は神仏をあなづりて神人と諸僧を手ににぎらむとせしほどに、山僧と七寺との諸僧のかたきとなりて、結句は去治承四年十二月二十二日に七寺の内東大寺・興福寺の両寺を焼はらいてありしかば、其大重罪入道の身にかゝりて、かへるとし養和元年潤二月四日、身はすみ(炭)のごとく血は火のごとく、すみのをこれるがやうにて、結句は炎身より出てあつちじに(熱死)に死ににき。其大重罪をば二男宗盛にゆづりしかば、西海に沈とみへしかども東天に浮出でて、右大将頼朝の御前に縄をつけてひきすへて候き。三男知盛は海に入て魚の糞となりぬ。四男重衡は其身に縄をつけて京かまくらを引かへし、結句なら七大寺にわたされて、十万人の大衆等、我等が仏のかたきなりとて一刀づつきざみぬ。悪の中の大悪は我が身に其苦をうくるのみならず、子と孫と末へ七代までもかゝり候けるなり。
善の中の大善も又々かくのごとし。目連尊者が法華経信まいらせし大善は、我が身仏になるのみならず、父母仏になり給。上七代下七代、上無量生下無量生の父母等存外に仏となり給。乃至子息・夫妻・所従・檀那・無量衆生三悪道をはなるゝのみならず、皆初住・妙覚の仏となりぬ。故に法華経第三云願以此功徳普及於一切我等与衆生皆共成仏道[云云]。
されば此等をもつて思に、貴女は治部殿と申孫を僧にてもち給へり。此僧は無戒也無智なり。二百五十戒一戒も持ことなし。三千の威儀一も持たず。智慧は牛馬にるいし、威儀は猿猴ににて候へども、あをぐところは釈迦仏、信ずる法は法華経なり。例せば蛇の珠をにぎり、龍の舎利を戴けるがごとし。藤は松にかゝりて千尋をよぢ、鶴は羽を恃て万里をかける。此は自身の力にはあらず。治部房も又かくのごとし。我が身は藤のごとくなれども、法華経の松にかゝりて妙覚の山にものぼりなん。一乗の羽をたのみて寂光の空をもかけりぬべし。此の羽をもて父母・祖父・祖母・乃至七代の末までもとぶらうべき僧なり。あわれいみじき御たからはもたせ給てをはします女人かな。彼の龍女は珠をさゝげて仏となり給。此女人は孫を法華経の行者となしてみちびかれさせ給べし。事々そうそう(怱々)にて候へばくはしくは申さず、又々申べく候。恐々謹言。 七月十三日 日蓮 [花押] 治部殿うばごぜん [御返事]