浄蔵浄眼御消息
373 浄蔵浄眼御消息
きごめ(生米)の俵一・瓜篭一・根芋、品々の物給候畢。楽徳と名付ける長者に身を入れて我身も妻も子も、夜も昼も責遣れける者が、余りに責られ堪がたさに、隠て他国に行て其国の大王に宦仕へける程に、きりもの(権家)に成て関白と成ぬ。後に其国を力として我本主の国を打取ぬ。其時、本主、此関白を見て大に怖れ、前に悪く当りぬるを悔ひかへして宦仕へ、様々の財を引ける。前に負ぬる物の事は思ひもよらず、今只命のいきん事をはげむ。法華経も又斯の如く、法華経は東方の薬師仏の主、南方西方北方上下の一切の仏の主也。釈迦仏等の仏の法華経の文字を敬ひ給ふことは、民の王を恐れ、星の月を敬ふが如し。然るに我等衆生は第六天の魔王の相伝の者、地獄・餓鬼・畜生等に押篭られて気もつかず、朝夕獄卒を付て責る程に、兎角して法華経に懸り付ぬれば、釈迦仏等の十方の仏の御子とせさせ給へば、梵王・帝釈だにも恐れて寄付ず、何に況や第六天の魔王をや。魔王は前には主なりしかども、今は敬ひ畏て、あしうせば法華経十方の諸仏の御見参にあしうや入んずらんと、恐れ畏て供養をなす也。何にしても、六道の一切衆生をば、法華経へつけじとはげむ也。
然るに何なる事にやをはすらん、皆人の憎み候日蓮を不便とおぼして、かく遥々と山中へ種々の物送りたび候事、一度二度ならず。ただごとにあらず。偏へに釈迦仏の入替らせ給へるか。又をくれさせ給ひける御君達の御仏にならせ給て、父母を導かんために御心に入替らせ給へるか。妙荘厳王と申せし王は悪王なりしかども、御太子浄蔵・浄眼の導かせ給しかば、父母二人共に法華経を御信用有て、仏にならせ給しぞかし。是もさにてや候らん。あやしく覚候。甲斐公が語りしは、常の人よりもみめ形も勝れて候し上、心も直くて智慧賢く、何事に付てもゆゆしかりし人の、疾はかなく成し事哀れさよと思ひ候しが、又倩思へば、此子なき故に母も道心者となり、父も後世者に成て候は、只とも覚え候はぬに、又皆人の悪み候法華経に付せ給へば、偏へに是なき人の二人の御身に添て勧め進せられ候にや、と申せしがさもやと覚え候。前々は只荒増の事かと思て候へば、是程御志の深く候ひける事は始て知て候。又若やの事候はば、くらき闇に月の出るが如く、妙法蓮華経の五字、月と露れさせ給べし。其月の中には釈迦仏・十方の諸仏乃至前に立せ給ひし御子息の露れさせ給べしと思召せ。委は又々申べし。恐々謹言。 七月七日 日蓮 [花押]