持妙尼御前御返事(妙心尼御前御返事)
349 持妙尼御前御返事
御そう(僧)ぜんれう(膳料)送給了。すでに故入道殿のかくるゝ日にておはしける歟。とかうまぎれ候けるほどに、うちわすれて候ける也。よもそれにはわすれ給はじ。
蘇武と申せしつわものは、漢王の御使に胡国と申国に入て十九年、め(妻)もおとこ(夫)をはなれ、おとこもわするゝ事なし。あまりのこひ(恋)しさに、おとこの衣を秋ごとにきぬたのうへにてうちけるが、おもひやとをりてゆきにけん、おとこのみゝにきこへけり。ちんし(陳子)といいしものは、めおとこ(夫婦)はなれけるに、かがみ(鏡)をわりてひとつづつとりにけり。わするゝ時は鳥いでて告けり。さうし(相思)といゐしものは、おとこをこひてはかにいたりて木となりぬ。相思樹と申すはこの木也。大唐へわたるにしが(志賀)の明神と申神をはす。おとこのもろこしへゆきしをこひて神となれり。しま(島)のすがたおうな(女)ににたり。まつらさよひめ(松浦左与姫)といふ是也。いにしへよりいまにいたるまで、をやこのわかれ、主従のわかれ、いづれかつらからざる。されどもおとこをんなのわかれほどたとへなかりけるはなし。過去遠々より女の身となりしが、このおとこ娑婆最後のぜんちしき(善知識)なりけり。
ちりしはなをちしこのみもさきむすぶなどかは人の返らざるらむ。こぞもうくことしもつらき月日かなおもひはいつもはなれぬものゆへ。法華経の題目をとなへまいらせてまいらせ。 十一月二日 日蓮 花押 持妙尼御前 御返事