妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

随自意御書

第二巻 定本番号 20321 弘安1(1278) 分類: 真蹟断片現存

祖寿: 57 著作地: 身延 真蹟: 富士大石寺断片 

→ 全集(書下し・現代語訳)を見る

    321   随自意御書
衆生の身心をとかせ給。其の衆生の心にのむとてとかせ給へば、人の説なれども衆生の心をいでず。かるがゆへに随他意の経となづけたり。譬へばさけ(酒)もこのまぬをや(親)の、きわめてさけをこのむいとをしき子あり。かつはいとをしみ、かつは心をとらんがために、かれにさけをすゝめんがために、父母も酒をこのむよしをするなり。しかるをはかなき子は父母も酒をこのみ給とをもへり。提謂経と申経は人天の事をとけり。阿含経と申経は二乗の事をとかせ給。華厳経と申経は菩薩のことなり。方等・般若経等は或は阿含経・提謂経ににたり、或は華厳経にもにたり。此等経経は末代の凡夫これをよみ候へば、仏の御心に叶らんとは行者はをもへども、くはしくこれをろむ(論)ずれば己が心をよむなり。己が心は本よりつたなき心なれば、はかばかしき事なし。
法華経と申は随自意と申て仏の御心をとかせ給。仏の御心はよき心なるゆへに、たといしらざる人も此経をよみたてまつれば利益はかりなし。麻の中のよもぎ・つゝ(筒)の中のくちなは(蛇)・よき人にむつぶもの、なにとなけれども心もふるまひ(振舞)も言もなを(直)しくなるなり。法華経もかくのごとし。なにとなけれどもこの経を信ぬる人をば仏のよき物とをぼすなり。
此法華経にをひて、又機により、時により、国により、ひろむる人により、やうやう(様々)にかわりて候をば、等覚の菩薩までもこのあわひをばしらせ給わずとみへて候。まして末代の凡夫はいかでかはからひをゝせ候べき。
しかれども人のつかひに三人あり。一人はきわめてこざかしき、一人ははかなくもなし、又こざかしからず。一人はきわめてはかなくたしかなる。此三人に第一はあやまちなし。第二は第一ほどこそなけれども、すこしこざかしきゆへに、主の御ことばに私の言をそうるゆへに、第一のわるきつかいとなる。第三はきわめてはかなくあるゆへに、私の言をまじへず。きわめて正直なるゆへに主の言ばをたがへず。第二よりもよき事にて候。あやまつて第一にもすぐれて候なり。第一をば月支の四依にたとう。第二をば漢土の人師にたとう。第三をば末代の凡夫の中に愚癡にして正直なる物にたとう。
仏在世はしばらく此ををく。仏の御入滅次の日より一千年をば正法と申。この正法一千年を二にわかつ。前の五百年が間は小乗経ひろまらせ給。ひろめし人々は迦葉・阿難等なり。後の五百年は馬鳴・龍樹・無著・天親等、権大乗経弘通せさせ給。法華経をばかたはし計かける論師もあり。又つやつや申いださぬ人もあり。正法一千年より後の論師の中には、少分は仏説ににたれども、多分をあやまりあり。あやまりなくして而もたらざるは迦葉・阿難・馬鳴・龍樹・無著・天親等なり。
像法に入一千年、漢土に仏法わたりしかば、始は儒家と相論せしゆへに、いとまなきかのゆへに、仏経の内の大小権実の沙汰なし。やうやく仏法流布せし上、月支よりかさねがさね仏法わたり来るほどに、前の人々はかしこきやうなれども、後にわたる経論をもつてみればはかなき事も出来す。又はかなくをもひし人々もかしこくみゆる事もありき。結句は十流になりて千万の義ありしかば、愚者はいづれにつくべしともみへず。智者とをぼしき人は偏執かぎりなし。而ども最極は一同の義あり。所謂一代第一は華厳経・第二は涅槃経・第三は法華経。此の義は上一人より下万民にいたるまで異義なし。大聖とあうぎし法雲法師・智蔵法師等の十師の義一同なりしゆへなり。
而を像法の中陳・隋の代に智と申小僧あり。後には智者大師とがうす。法門多といへども、詮するところ法華・涅槃・華厳経の勝劣一計なり。智法師云、仏法さかさまなり[云云]。陳主此事をたださんがために、南北十師の最頂たる恵暇僧上・恵光僧都・恵栄・法歳法師等の百有余人召合せられし時、法華経の中には於諸経中最在其上等[云云]。又云 已今当説最為難信難解等[云云]。已者無量義経云 摩訶般若・華厳海空等[云云]。当者涅槃経云 般若ハラ蜜出大涅槃等[云云]。此経文は華厳経・涅槃経には法華経勝と見ゆる事赫赫たり明々たり、御会通あるべしとせめしかば、或は口をとぢ、或は悪口をはき、或は色をへんじなんどせしかども、陳主立三拝し、百官掌をあわせしかば、力及ずまけにき。一代の中には第一法華経にてありしほどに、
像法の後五百に新訳の経論重てわたる。大宗皇帝貞観三年に玄奘と申人あり。月支に入て十七年、五天の仏法習きわめて、貞観十九年に漢土へわたりしが、深密経・瑜伽論・唯識論・法相宗をわたす。玄奘云、月支に宗々多といへども、此宗第一なり。大宗皇帝は又漢土第一の賢王なり。玄奘を師とす。此宗所詮云、或は三乗方便一乗真実、或は一乗方便三乗真実。又云、五性各別、決定性無性有情永不成仏等[云云]。此義は天台宗と水火也。而も天台大師と章安大師は御入滅なりぬ。其已下人々は人非人なり。すでに天台宗破てみへしなり。其後則天皇后の御世に華厳宗立。前に天台大師にせめられし六十巻の華厳経をばさしをきて、後に日照三蔵のわたせる新訳の華厳経八十巻をもつて立たり。此宗せん(詮)にいわく、華厳経は根本法輪、法華経は枝末法輪等[云云]。則天皇后は尼にてをはせしが内外典にこざかしき人なり。慢心たかくして天台宗をさげをぼしてありしなり。法相といゐ、華厳宗といゐ、二重に法華経かくれさせ給。其後玄宗皇帝御宇月支より善無畏三蔵・金剛智三蔵・不空三蔵、大日経・金剛頂経・蘇悉地経と申三経をわたす。此三人は人がらといゐ、法門といゐ、前々漢土の人師には対すべくもなき人々なり。而も前になかりし印と真言とをわたす。ゆへに仏法は已前には此国なかりけりとをぼせしなり。此人々云、天台宗は華厳・法相・三論には勝たり。しかれども此真言経には及ずと[云云]。其後妙楽大師天台大師のせめ給ざる法相宗・華厳宗・真言宗をせめ給て候へども、天台大師のごとく公場にてせめ給されば、ただ闇夜のにしきのごとし。法華経になき印と真言と現前なるゆへに、皆人一同に真言まさりにて有しなり。
像法の中に日本国に仏法わたり、所謂欽明天皇六年なり。欽明より桓武にいたるまで二百余年が間は三論・成実・法相・倶舎・華厳・律の六宗弘通せり。真言宗は人王四十四代元正天皇の御宇にわたる。天台宗は人王第四十五代聖武天皇の御宇にわたる。しかれどもひろまる事なし。桓武の御代に最澄法師、後には伝教大師とがうす。入唐已前に六宗を習きわむる上、十五年が間天台真言の二宗を山にこもりゐて御覧ありき。入唐已前に天台宗をもつて六宗をせめしかば七大寺皆せめられて最澄の弟子となりぬ。六宗の義やぶれぬ。後延暦廿三年に御入唐、同廿四年御帰朝、天台真言の宗を日本国にひろめたり。但勝劣の事は内心に此を存て人に向てとかざるか。
同代に空海という人あり。後には弘法大師とがうす。延暦廿三年に御入唐、大同三年御帰朝、但真言の一宗を習わたす。此人義云、法華経は尚華厳経に及ず。何況真言にをひてをや。伝教大師御弟子円仁という人あり。後に慈覚大師とがうす。去承和五年の御入唐、同十四年に御帰朝、十年が間真言・天台の二宗をがく(学)す。日本国にて伝教大師・義真・円澄に天台・真言の二宗を習きわめたる上、漢土にわたりて十年が間八ヶ大徳にあひて真言を習、宗叡・志遠等に値給て天台宗を習。日本帰朝云、天台宗と真言宗とは同醍醐なり。倶に深秘なり等[云云]。宣旨を申てこれにそう(添)。其後円珍と申人あり。後には智証大師とがうす。入唐已前には義真和尚の御弟子なり。日本国にして義真・円澄・円仁等の人々に天台・真言の二宗習きわめたり。其上去仁嘉三年に御入唐、貞観元年に御帰朝、七年が間天台・真言の二宗法全・良等の人々に習きわむ。天台・真言の二宗の勝劣鏡をかけたり。後代に一定あらそひありなん、定べしと云て、天台・真言の二宗は譬へば人の両の目こ鳥の二の翼のごとし。此外異義を存ぜん人々をば祖師伝教大師にそむく人なり、山に住べからずと宣旨を申そへて弘通せさせ給き。されば漢土日本に智者多というとも此の義をやぶる人はあるべからず。此義まことならば習人々は必仏にならせ給ぬらん。あがめさせ給国王等は必世安穏にありぬらんとをぼゆ。
但予が愚案は人に申ども、御もちゐあるべからざる上、身のあだとなるべし。又きかせ給弟子檀那も安穏なるべからずとをもひし上、其義又たがわず。但此事は一定仏意には叶わでもやあるらんとをぼへ候。法華経一部八巻二十八品には此経に勝たる経をはせば、此法華経は十方の仏あつまりて大妄語をあつめさせ給るなるべし。随て華厳・涅槃・般若・大日経・深密等の経々を見るに於諸経中最在其上の明文をやぶりたる文なし。随て善無畏等・玄奘等、弘法・慈覚・智証等種々のたくみあれども、法華経を大日経に対してやぶりたる経文はいだし給わず。但印真言計の有無をゆへ(所以)とせるなるべし。数百巻のふみをつくり、漢土日本に往復して無尽のたばかりをなし、宣旨を申そへて人ををどされんよりは、経文分明ならばたれか疑をなすべき。つゆつもりて河となる、河つもりて大海となる、塵つもりて山となる、山かさなりて須弥山となれり。小事つもりて大事となる。何況此事は最大事なり。疏をつくられけるにも両方の道理文証をつくさるべかりけるか。又宣旨も両方を尋極て分明の証文をかきのせていましめあるべかりけるか。已今当の経文は仏すらやぶりがたし。何況論師・人師・国王の威徳をもつてやぶるべしや。
已今当の経文をば梵王・帝釈・日月・四天等聴聞して各々の宮殿にかきとゞめてをはするなり。まことに已今当の経文を知ぬ人の有時は先の人々の邪義はひろまりて失なきやうにてはありとも、此経文をつよく立て退転せざるこわ(強)物出来しなば大事出来すべし。いやしみて或はのり、或は打、或はながし、或は命をたゝんほどに、梵王・帝釈・日月・四天をこりあひて此行者のかたうどをせんほどに、存外に天のせめ来て民もほろび国もやぶれんか。法華経の行者はいやしけれども、守護する天こわし。例せば修羅が日月をのめば頭七分にわる、犬が師子をほゆればはらわたくさる。今予みるに日本国かくのごとし。又此を供養せん人々は法華経供養の功徳あるべし。伝教大師釈云讃者積福於安明謗者開罪於無間等[云云]。ひへ(稗)のはん(飯)を辟支仏に供養せし人は宝明如来となる。つちのもちゐを仏に供養せしかば閻浮提の王となれり。設こう(功)をいたせども、まことならぬ事を供養すれば、大悪とはなれども善とならず。設心をろかにすこしきの物なれども、まことの人に供養すればこう大なり。何況心ざしありてまことの法を供養せん人々をや。其上当世は世みだれて民の力よわし。いとまなき時なれども心ざしのゆくところ、山中の法華経へまうそう(孟宗)がたかんな(笋)ををくらせ給。福田によきたねを下させ給か。なみだもとゞまらず。