不孝御書
313 不孝御書
なによりも人には不孝がをそろしき事に候ぞ。とのゝあに(兄)をとゝ(弟)はわれと法華経のかたきになりて、とのをはなれぬれば、かれこそ不孝のもの、とのゝみ(身)にはとがなし。をうなるい(女類)どもこそ、とのゝはぐゝみ給はずは一定不孝にならせ給はんずらんとをぼへ候。所領もひろくなりて候わば我りやうえも下なんどして一身すぐるほどはぐゝませ給。さだにも候わば過去の父母定でまほり給べし。日蓮がきせい(祈請)もいよいよかない候べし。いかにわるくとも、きかぬやうにてをはすべし。この事をみ候に申やうにだにもふれまわせ給ならば、なをなをも所領もかさなり、人をぼへもいできたり候べしとをぼへ候。さきさき申候しやうに、陰徳あれば陽報ありと申て、皆人は主にうたへ、主もいかんぞをぼせしかども、わどのゝ正直の心に主の後生をたすけたてまつらむとをもう心がうじやうにして、すねん(数年)をすぐれば、かゝるりしやうにもあづからせ給ぞかし。此は物のはしなり。大果報は又来べしとをぼしめせ。又此法門の一行いかなる本意なき事ありとも、みずきかず、いわずしてむつばせ給へ。大人にいのりなしまいらせ候べし。上に申事は私の事にはあらず。外典三千、内典五千の肝心の心をぬきてかきて候。あなかしこあなかしこ。恐恐謹言。 卯月二十三日 日蓮 花押 御返事