四條金吾殿御返事(所領書)
312 四條金吾殿御返事
鷲目一貫文給候畢。御所領上より給らせ給て候なる事、まことゝも覚へず候。夢かとあまりに不思議に覚へ候。御返事なんどもいかやうに申べしとも覚へず候。其故はとの(殿)の御身は日蓮が法門御ゆへに日本国並にかまくら(鎌倉)中・御内の人々・きうだち(公達)まで、うけずふしぎ(不思議)にをもはれて候へば、其御内にをはせむだにも不思議に候に御恩をかうほらせ給へば、うちかへし又うちかへしせさせ給へば、いかばかり同れい(僚)どもゝふしぎとをもひ、上もあまりなりとをぼすらむ。さればこのたびは、いかんが有べかるらんとうたがひ思候つる上、御内の数十人の人々うつた(訴)へて候へば、さればこそいかにもかなひがたかるべし。あまりなる事なりと疑候つる上、兄弟にもすてられてをはするに、かゝる御をん、面目申ばかりなし。かの処は、とのをか(殿岡)三倍とあそばして候上、さどの国のものゝこれに候が、よくよく其処をしりて候が申候は、三箇郷の内にいかだと申は第一の処也。田畠はすくなく候へども、とく(得)ははかり(量)なしと申候ぞ。二所はみねんぐ(御年貢)千貫、一所は三百貫と[云云]。かゝる処也と承はる。なにとなくとも、どうれいといひ、したしき人々と申、すて(捨)はてられてわらひよろこびつるに、とのをかにをとり(劣)て候処なりとも、御下文は給たく候つるぞかし。まして三倍の処也と候。いかにわろくとも、わろきよし人にも又上へも申させ給べからず候。よきところ、よきところと申給はば、又かさねて給はらせ給べし。わろき処徳分なしなむど候はば、天にも人にもすてられ給候はむずるに候ぞ、御心へあるべし。
阿闍世王は賢人なりしが、父をころせしかば、即時に天にもすてられ、大地もやぶれて入べかりしかども、殺されし父の王、一日に五百りやう(輛)五百りやう数年が間仏を供養しまいらせたりし功徳と、後に法華経の檀那となるべき功徳によりて、天もすてがたし地もわれず、ついに地獄にをちずして仏になり給き。との(殿)も又かくのごとし。兄弟にもすてられ、同れいにもあだまれ、きうだちにもそば(窄)められ、日本国の人にもにくまれ給つれども、去文永八年の九月十二日の子丑の時、日蓮が御勘気をかほりし時、馬の口にとりつきて鎌倉を出て、さがみ(相模)のえち(依智)に御ともありしが、一閻浮提第一の法華経の御かたうどにて有しかば、梵天・帝釈もすてかねさせ給へるか。仏にならせ給はん事もかくのごとし。いかなる大科ありとも、法華経をそむかせ給はず候し、御ともの御ほうこう(奉公)にて、仏にならせ給べし。例せば有徳国王の、覚徳比丘の命にかはりて釈迦仏とならせ給がごとし。法華経はいのり(祈)とはなり候けるぞ。あなかしこあなかしこ。いよいよ道心堅固にして今度仏になり給へ。
御一門の御房たち又俗人等にもかゝるうれしき事候はず。かう申せば今生のよく(欲)とをぼすか。それも凡夫にて候へばさも候べき上、欲をもはなれずして仏になり候ける道の候けるぞ。普賢経に法華経の肝心を説て候。不断煩悩不離五欲等[云云]。天台大師の摩訶止観云煩悩即菩提生死即涅槃等[云云]。龍樹菩薩の大論に法華経の一代にすぐれていみじきやうを釈云譬如大薬師能変毒為薬等[云云]。小薬師は以薬治病。大医は大毒をもつて大重病を治す等[云云]。 弘安元年[戊寅]十月 日 日蓮 [花押] 四條金吾殿 [御返事]