妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

時光殿御返事

第二巻 定本番号 20300 弘安1(1278) 分類: その他

祖寿: 57 著作地: 身延 写本: 日興筆富士大石寺蔵

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    300   時光殿御返事
むぎ(麦)のしろきこめ一駄、はじかみ(薑)送給了。こくぼんわう(斛飯王)の太子あなりち(阿那律)と申人は、家にましましし時は俗性は月氏国本主、てんりん(転輪)聖王のすえ、師子けう(頬)王のまご、浄飯王のおひ、こくぼん王には太子也。天下にいやしからざる上、家中には一日の間、一万二千人の人出入す。六千人はたから(財)をかり(借)き。六千人はかへりなす。かゝる富人にておはする上、天眼第一の人、法華経にては普明如来となるべきよし仏記給。これは過去の行はいかなる大善かとたづぬるに、むかしれうし(猟師)あり。山のけだものをとりてすぎけるが、又、ひえ(稗)をつくり食とするほどに、飢たる世なればものもなし。ただひえのはん(飯)一ありけるをくひければ、りだ(利)と申辟支仏の聖人来て云、我七日が間食なし。汝が食者えさせよとこわ(乞)せ給しかば、きたなき俗のごき(御器)に入てけがしはじめて候と申ければ、ただえさせよ。今食せずば死ぬべしと云。おそれながらまいらせつ。此聖人まいり給しが、ただひえ一つぶをとりのこしてれうしにかへし給き。ひえへんじていのこ(猪)となる。いのこ変て金となる。金変て死人となる。死人変て又金人となる。指をぬいて売れば本のごとし。かくのごとく九十一劫長者と生れ、今はあなりちと申て仏の御弟子なり。わづかのひえなれども、飢たる国に智者の御いのちをつぐゆへに、めでたきほう(報)をう。
迦葉尊者と申せし人は、仏の御弟子の中には第一にたと(貴)き人也。此人の家をたづぬれば摩かだい(竭提)国の尼くりだ(律陀)長者の子也。宅にたゝみ(畳)千でうあり。一でうはあつさ七尺、下品のたゝみは金千両也。からすき(犁)九百九十九、一のからすきは金千両。金三百四十石入たるくら(倉)六十。かゝる大長者也。め(妻)は又身は金色にして十六里をてらす。日本国の衣通姫にもすぎ、漢土のりふじん(李夫人)にもこえたり。此夫婦道心を発て仏の御弟子となれり。法華経にては光明如来といはれさせ給。此二人の人々の過去をたづねれば、麦飯を辟支仏に供養せしゆへに迦葉尊者と生。金のぜに(錢)一枚を仏師にあつらへて毘婆尸仏の像の御はく(箔)にひきし貧人は、此人のめ(妻)となれり。
今日蓮は聖人にはあらざれども、法華経に名をたてり。国主ににくまれて我が身をせく上、弟子かよう(通行)人をも、或はのり、或はうち、或は所領をとり、或はところをおふ。かゝる国主の内にある人々なれば、たとひ心ざしあるらん人々もとふ事なし。此事事ふりぬ。なかにも今年は疫病と申、飢渇と申、とひくる人々もすくなし。たとひやまひ(病)なくとも飢て死事うたがひなかるべきに、麦の御とぶら(訪)ひ金にもすぎ、珠にもこえたり。彼のりだ(利)がひゑ(稗)は変て金人となる。此の時光が、麦何変て法華経の文字とならざらん。此の法華経の文字は釈迦仏となり給、時光が故親父の左右の御羽となりて霊山浄土へとび給へ。かへりて時光が身をおほ(覆)ひはぐくみ給へ。恐恐謹言。   七月八日   日蓮  花押   上野殿  御返事