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富木入道殿御返事治病大小権実違目

第二巻 定本番号 20294 弘安1(1278) 分類: 真蹟現存(完存orほぼ完存)

祖寿: 57 著作地: 身延 真蹟: 中山法華経寺 

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    294   富木入道殿御返事    日蓮
さへもん殿の便宜の御かたびら給候了。今度の人々のかたがたの御さい(斉)ども、左衛門尉殿の御日記のごとく給了と申せ給候へ。太田入道殿のかたがたのもの、ときどのの日記のごとく給候了。此法門のかたつらは左衛門尉殿にかきて候。こわせ給て御らむ有べく候。
御消息云、凡疫病弥興盛等[云云]。夫人に二病あり。一には身の病、所謂地大百一・水大百一・火大百一・風大百一。已上、四百四病也。此病は設仏に有ざれども治之。所謂治水・流水・耆婆・扁鵲等が方薬、此を治にいゆて愈ずという事なし。二には心の病、所謂三毒乃至八万四千の病也。此病は二天・三仙・六師等も治難し。何況神農・黄帝等の方薬及べしや。又心病重々に浅深勝劣分たり。六道凡夫の三毒・八万四千の心病は小仏小乗阿含経・倶舎・成実・律宗の論師人師、此を治にゆいて愈ぬべし。但此小乗の者等小乗を本して或は大乗を背、或は心には背ざれども大乗の国に肩を並なんどする、其国其人に諸病起る。小乗等をもつて此を治れば、諸病は増とも治せらるる事なし。諸大乗経の行者をもつて此を治れば則平愈す。又華厳経・深密経・般若経・大日経等の権大乗の人々各々劣謂勝見を起て、我宗は或は法華経と斉等、或は勝たりなんど申人多く出来し、或は国主等此を用ぬれば、此によて三毒・八万四千の病起る。返自の依経をもつて治どもいよいよ倍増す。設法華経をもつて行とも験なし。経は勝てをはしませども行者、僻見の者なる故也。
法華経に又二経あり。所謂迹門と本門となり。本迹の相違は水火天地の違目也。例せば爾前と法華経との違目よりも猶相違あり。爾前と迹門とは相違ありといへども相似の辺も有ぬべし。所説に八教あり。爾前の円と迹門の円相似せり。爾前の仏と迹門の仏は劣応・勝応・報身・法身異ども始成の辺同ぞかし。今本門と迹門とは教主すでに久始のかわりめ、百歳のをきなと一歳の幼子のごとし。弟子又水火也。土の先後いうばかりなし。而を本迹を混合すれば水火を弁ざる者也。而を仏は分明に説分給れども仏の御入滅より今に二千余年が間、三国並一閻浮提の内分明に分たる人なし。但、漢土の天台、日本の伝教、此二人計こそ粗分給て候へども、本門と迹門との大事に円戒いまだ分明ならず。詮ずる処は天台と伝教とは内には鑑給といへども、一には時来らず、二機なし、三譲られ給はざる故也。
今末法に入ぬ。地踊出現して弘通有べき事なり。今末法に入て本門のひろまらせ給べきには、小乗・権大乗・迹門の人々、設科なくとも彼々の法にては験有べからず。譬へば春の薬は秋薬とならず。設なれども春夏のごとくならず。何況彼の小乗・権大乗・法華経の迹門の人々、或は大小権実に迷る上、上代の国主彼々の経々に付て寺を立田畠を寄進せる故に、彼の法を下せば申延がたき上、依怙すでに失かの故に、大瞋恚を起て、或は実経を謗、或は行者をあだむ。国主も又一には多人につき、或は上代の国主の崇重の法をあらため難故、或は自身の愚癡の故、或は実教の行者を賎ゆへ等の故、彼誑人等の語ををさめて実教の行者をあだめば、実経の守護神の梵・釈・日月・四天等其国を罰する故、先代未聞の三災七難起るべし。所謂去今年、去正嘉等の疫病等也。
疑云、汝が申がごとくならば、此国法華経の行者をあだむ故善神此国を治罰する等ならば諸人の疫病なるべし。何汝弟子等又やみ死や。答云、汝不審最も其謂有か。但一方を知て一方を知ざるか。善と悪とは無始よりの左右の法也。権教並諸宗の心は善悪は等覚に限る。若爾者等覚までは互に失有べし。法華宗の心は一念三千、性悪性善妙覚の位に猶備れり。元品法性は梵天・帝釈等と顕れ、元品の無明は第六天の魔王と顕たり。善神は悪人をあだむ、悪鬼は善人をあだむ。末法に入ぬれば自然に悪鬼は国中に充満せり。瓦石草木の並び滋がごとし。善鬼は天下に少し。聖賢まれなる故也。此疫病は念仏者・真言師・禅宗・律僧等よりも、日蓮が方にこそ多くやみ死べきにて候か。いかにとして候やらむ、彼等よりもすくなくやみ、すくなく死候は不思議にをぼへ候。人のすくなき故か。又御信心の強盛なるか。
問云、日本国に此疫病先代に有や。答云、日本国は神武天皇よりは十代にあたらせ給し崇神天皇御代に疫病起て日本国やみ死事半にすぐ。王始て天照太神等の神を国々に崇しかば疫病やみぬ。故に崇神天皇と申。此は仏法のいまだわたらざりし時の事なり。人王第三十代並一二の三代の国主並臣下等、疱瘡と疫病に御崩去等なりき。其時は神にいのれども叶ざりき。去人王第三十代欽明天皇の御宇に、百済国より経論僧等をわたすのみならず、金銅の教主釈尊を渡し奉る。蘇我宿祢等崇べしと申。物部大連等の諸臣並万民等は一同に此仏は崇べからず、若崇ならば必我国の神、瞋をなして国やぶれなんと申。王は両方弁がたくおはせしに、三災七難先代に超て起て、万民皆疫死す。大連等便をえて奏問せしかば、僧尼等をはぢ(恥)に及すのみならず、金銅の釈迦仏をすみををこして焼奉る。寺又同じ。爾時に大連やみ死ぬ。王も隠させ給、仏をあがめし蘇我宿祢もやみぬ。大連が子、守屋大臣云、此仏をあがむる故に三代の国主すでにやみかくれさせ給。我父もやみ死ぬ。まさに知べし、仏をあがむる聖徳太子・馬子等はをやのかたき、公の御かたきなりと申せしかば、穴部王子・宅部王子等、並諸臣已下数千人一同によりき(与力)して、仏と堂等をやきはらうのみならず、合戦すでに起ぬ。結句は守屋討了。仏法渡て三十五年が間、年々に三災七難疫病起しが、守屋馬子に討のみならず、神もすでに仏にまけしかば、災難忽止了。其後の代々の三災七難等は大体は仏法の内の乱より起なり。而ども或は一人二人、或一国二国、或は一類二類、或一処二処の事なれば、神のたたりも有、謗法の故もあり、民のなげきよりも起。
而此三十余年の三災七難等は一向に他事を雑ず。日本一同に日蓮をあだみて、国々郡々郷々村々人ごとに上一人より下万民にいたるまで、前代未聞の大瞋恚を起せり。見思未断の凡夫の元品の無明を起す事此始なり。神と仏と法華経にいのり奉ばいよいよ増長すべし。但法華経の本門をば法華経の行者につけて除奉る。結句は勝負を決せざらむ外は此災難止難るべし。
止観の十境十乗の観法は天台大師説給て後、行ずる人無し。妙楽・伝教の御時少行といへども敵人ゆわきゆへにさてすぎぬ。止観に三障四魔と申は権経を行ずる行人の障にはあらず。今日蓮が時具に起れり。又天台伝教等の時の三障四魔よりも、いまひとしをまさりたり。一念三千観法に二あり。一理、二事なり。天台・伝教等の御時には理也。今は事也。観念すでに勝る故、大難又色まさる。彼は迹門の一念三千、此は本門一念三千也。天地はるかに殊也こと也と、御臨終の御時は御心へ有るべく候。恐々謹言。   六月二十六日   日蓮  [花押]