上野殿御返事(法要書)
282 上野殿御返事
白米一斗・いも一駄・こんにゃく(蒟蒻)五枚・わざと送給候了。なによりも石河の兵衛入道殿のひめ御前の度々御ふみ(文)をつかはしたりしが、三月の十四五やげ(夜比)にて候しやらむ、御ふみありき、この世中をみ候に、病なき人もこねん(今年)なんどをすぐべしともみえ候はぬ上、もとより病ものにて候が、すでにきう(急)になりて候さいご(最後)の御ふみ也とかかれて候しが、さればつゐにはかなくならせ給ぬるか。
臨終に南無阿弥陀仏と申あはせて候人は、仏の金言なれば一定の往生とこそ人も我も存候へ。しかれどもいかなる事にてや候けん。仏のくひ(悔)かへさせ給て、未顕真実正直捨方便ととかせ給て候があさましく候ぞ。此を日蓮が申候へば、そら事うわのそらなりと日本国にはいかられ候。此のみならず、仏の小乗経には十方に仏なし、一切衆生に仏性なしととかれて候へども、大乗経には十方に仏まします、一切衆生に仏性ありととかれて候へば、たれか小乗経を用候べき。皆大乗経をこそ信候へ。此のみならず、ふしぎ(不思議)のちがひめ(違目)ども候ぞかし。法華経は釈迦仏巳今当の経経を皆くひかへしうちやぶりて、此経真実也ととかせ給て候しかば、御弟子等用事なし。爾時多宝仏証明をくわへ、十方の諸仏舌を梵天につけ給き。さて多宝仏はとびら(扉)をたて、十方の諸仏は本土にかへらせ給て後は、いかなる経々ありて法華経を釈迦仏やぶらせ給とも、他人わゑ(和会)になりてやぶりがたし。しかれば法華経已後経経、普賢経・涅槃経等には法華経をばほむる事はあれどもそしる事なし。
而を真言宗の善無畏等、禅宗の祖師等此をやぶり、日本国皆此事を信ぬ。例せば将門・貞任なんどにかたらはれし人々のごとし。日本国すでに釈迦多宝十方の仏の大怨敵となりて数年になり候へば、やうやくやぶれゆくほどに、又、かう申者を御あだみあり、わざはひ(禍)にわざはひのならべるゆへに、此国土すでに天のせめ(責)をかほり候はんずるぞ。此人の先世の宿業かいかなる事ぞ、臨終に南無妙法蓮華経と唱させ給ける事は。一眼のかめ(亀)の浮木の穴に入、天より下いと(糸)の大地のはり(針)の穴に入がごとし。あらふしぎあらふしぎ。又念仏は無間地獄に堕ると申事をば、経文に分明なるをばしらずして皆人日蓮が口より出たりとおもへり。天はまつげ(睫毛)のごとしと申はこれなり。虚空の遠と、まつげの近きと人みなみる事なり。此尼御前は日蓮が法門だにひが事に候はば、よも臨終には正念には住し候はじ。
又日蓮が弟子等の中になかなか法門しりたりげに候人々はあしく候げに候。南無妙法蓮華経と申は法華経の中の肝心、人の中の神のごとし。此にものをならぶれば、きさき(后)のならべて二王をおとことし、乃至きさきの大臣巳下になひなひ(内々)とつ(嫁)ぐがごとし。わざはひのみなもとなり。正法・像法には此法門をひろめず、余経を失じがため也。今、末法に入ぬれば余経も法華経もせん(詮)なし。但南無妙法蓮華経なるべし。かう申出て候もわたくし(私)の計にはあらず。釈迦・多宝・十方諸仏・地涌千界の御計也。此南無妙法蓮華経に余事をまじ(交)へば、ゆゆしきひ(僻)が事也。日出ぬればとぼしび(灯)せん(詮)なし。雨のふるに露なにのせんかあるべき。嬰児に乳より外のものをやしなうべき歟。良薬に又薬を加ぬる事なし。此女人はなにとなけれども、自然に此義にあたりてしををせるなり。たうとしたうとし。恐恐謹言。 四月一日 日蓮 [花押] 上野殿御返事