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松野殿御消息

第二巻 定本番号 20207 建治2(1276) 分類: 真蹟断片現存

祖寿: 55 対告衆: 松野 著作地: 身延 真蹟: 京都 妙覚寺 東京 加治さき断片 

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    207   松野殿御消息
柑子一篭・種種物送給候。法華経第七巻薬王品云 衆星之中月天子最為第一。此法華経亦復如是於千万億種諸経法中最為照明[云云]。文の意は虚空の星は或は半里、或は一里、或は八里、或は十六里也。天の満月輪は八百里にてをはします。華厳経六十巻・或八十巻、般若経六百巻、方等経六十巻、涅槃経四十巻・三十六巻、大日経・金剛頂経・蘇悉地経・観経・阿弥陀経等の無量無辺諸経は星の如し。法華経は月の如しと説かれて候経文也。此は龍樹菩薩・無著菩薩・天台大師・善無畏三蔵等の論師人師の言にもあらず、教主釈尊の金言也。譬へば天子の一言の如し。
又法華経薬王品云 有能受持是経典者亦復如是於一切衆生中亦為第一等[云云]。文の意は法華経を持つ人は男ならば何なる田夫にても候へ、三界の主たる大梵天王・釈提桓因・四大天王・転輪聖王・乃至漢土日本の国主等にも勝れたり。何況や日本国の大臣・公卿・源平の侍・百姓等に勝たる事申に及ばず。女人ならば尸迦女・吉祥天女・漢の李夫人・楊貴妃等の無量無辺の一切の女人に勝れたりと説れて候。
案ずるに経文の如く申さんとすればをびただしき様なり。人もちゐん事もかたし。此を信ぜじと思へば、如来の金言を疑ふ失は経文明かに阿鼻地獄の業と見へぬ。進退わづらひ有り、何がせん。此法門を教主釈尊は四十余年が間は胸内にかくさせ給。さりとてはとて御年七十二と申せしに、南閻浮提中天竺王舎城の丑寅耆闍崛山にして説かせ給き。今日本国には仏御入滅一千四百余年と申せしに来りぬ。夫より今七百余年也。先一千四百余年が間は日本国の人、国王・大臣乃至万民一人も此事を不知。今此の法華経わたらせ給へども、或は念仏を申、或は真言にいとまを入れ、禅宗持斉なんど申、或は法華経を読人は有しかども、南無妙法蓮華経と唱る人は日本国に一人も無し。日蓮始て建長五年夏の始より二十余年が間唯一人、当時の人の念仏を申すやうに唱れば、人ごとに是を笑ひ、結句はのり、うち、切り、流し、頸をはねんとせらるること、一日二日一月二月一年二年ならざれば、こらふ(堪)べしともをぼえ候はねども、此経の文を見候へば、檀王と申せし王は千歳が間阿私仙人に責つかはれ、身を牀となし給ふ。不軽菩薩と申せし僧は多年が間悪口罵詈せられ、刀杖瓦礫を蒙り、薬王菩薩と申せし菩薩は千二百年が間身をやき、七万二千歳ひぢ(臂)を焼給ふ。此を見はんべるに、何なる責有りとも、いかでかさてせき(塞)留むべきと思ふ心に、今まで退転候はず。
然に在家の御身として皆人にくみ候に、而もいまだ見参に入候はぬに、何と思食して御信用あるやらん。是偏に過去の宿植なるべし。来生に必仏に成らせ給べき期の来てもよを(催)すこゝろなるべし。其上経文には鬼神の身に入る者は此の経を信ぜず、釈迦仏の御魂の入かはれる人は此の経を信ずと見へて候へば、水に月の影の入ぬれば水の清がごとく、御心の水に教主釈尊の月の影の入給ふ歟とたのもしく覚へ候。
法華経の第四法師品云 有人求仏道而於一劫中合掌在我前以無数偈讃。由是讃仏故得無量功徳。歎美持経者其福復過彼等[云云]。文の意は一劫が間教主釈尊を供養し奉るよりも、末代の浅智なる法華経の行者の、上下万人にあだまれて餓死すべき比丘等を供養せん功徳は勝るべしとの経文なり。一劫と申は八万里なんど候はん青めの石を、やすりを以て無量劫が間する(磨)ともつきまじきを、梵天三銖の衣と申て、きはめてほそくうつくしきあまの羽衣を以て、三年に一度下てなづるに、なでつくしたるを一劫と申す。此間無量の財を以て供養しまいらせんよりも、濁世の法華経の行者を供養したらん功徳はまさるべきと申文也。此事、信じがたき事なれども、法華経はこれていに、をびただしく、まことしからぬ事どもあまたはんべり。又信ぜじとをもえば多宝仏は証明を加へ、教主釈尊は正直の金言となのらせ給ふ。諸仏は広長舌を梵天につけぬ。父のゆづりに母の状をそえて賢王の宣旨を下給がごとし。三これ一同なり、誰かこれを疑はん。
されば此を疑し人無垢論師は舌五に破れ、嵩法師は舌ただれ、三階禅師は現身に大蛇となる。徳一は舌八にさけにき。其のみならず、此法華経並行者を用ひずして、身をそんじ、家をうしない、国をほろぼす人人、月支・震旦に其数をしらず。第一には日天朝に東に出給に、大光明を放ち天眼を開て南閻浮提を見給に、法華経の行者あれば心に歓喜し、行者をにくむ国あれば天眼をいからして其国をにらみ給。始終用ずして国の人にくめば、其故と無くいくさをこり、他国より其国を破るべしと見て候。
昔し徳勝童子と申せしをさなき者は、土餅を釈迦仏に供養し奉て、阿育大王と生て、閻浮提の主と成て、結句は仏になる。今の施主の菓子等を以て法華経を供養しまします、何かに十羅刹女等も悦給らん。悉く尽しがたく候。南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経。  二月十七日   日蓮  [花押]  松野殿  [御返事]