大井荘司入道御書
208 大井荘司入道御書
柿三本・酢一桶・くぐたち(茎立)・土筆給候了。唐土に天台山と云山に龍門と申て百丈の滝あり。此滝の麓に、春の初より登らんとして多の魚集れり。千万に一も登ることを得れば龍となる。魚、龍と成んと願こと、民の昇殿を望むが如く、貧なるものの財を求るが如し。仏に成ことも亦如此。彼滝は百丈、早事、合張の天より箭を射徹すより早し。此滝へ魚登んとすれば、人集て羅網をかけ、釣をたれ、弓を以て射る。左右の辺に間なし。空には鵰・鷲・鵄・烏、夜は虎・狼・狐・狸何にとなく集て食ひ噬む。仏になる事も是を以て知ぬべし。
有情輪廻生死六道と申て、我等が天竺に於て師子と生れ、漢土日本に於て虎狼野干と生れ、天には鵰鷲、地には鹿蛇と生れしこと数をしらず。或は鷹の前の雉、猫の前の鼠と生れ、生ながら頭をつゝき、しゝむらをかまれしこと数をしらず。如是捨置一劫が間の身骨は、須弥山よりも高、大地よりも厚かるべし。惜き身なれども、云に甲斐なく奪れてこそ候しか。然ば今度為法華経身を捨、命をも奪れたらば、無量無数劫の間の思ひ出なるべし、と思ひ切給べし。穴賢々々又々可申。恐恐謹言。 建治二年[丙子] 日蓮 [花押] 大井荘司入道殿