上野殿御返事
177 上野殿御返事
さつきの二日にいものかしらいしのやうにほされて候一駄、ふじのうへのよりみのぶの山へをくり給て候。仏の御弟子にあなりち(阿那律)と申せし人は、天眼第一のあなりちとて十人の御弟子のその一。迦葉・舎利弗・目連・阿難にかたをならべし人也。この人のゆらひ(由来)をたづねみれば、師子頬王と申せし国王の第二の王子にこくぼん(斛飯)王と申し人の御子、釈迦如来のいとこにておはしましき。この人の御名三候。一には無貧、二には如意、三にはむれう(無獦)と申す。一一にふしぎの事候。昔うえたるよ(世)に、りだ(利咤)そんじやと申せしたうとき辟支仏ありき。うえたるよに七日とき(斉)もならざりけるが、山里にれうし(猟師)の御器に入て候けるひえ(稗)のはん(飯)をこひてならせ給。このゆへにこのれうし(猟師)現在には長者となり、のち九十一劫が間、人中天上にたのしみをうけて、今最後にこくぼん王の太子とむまれさせ給。金のごき(御器)にはん(飯)とこしなへにたえ(絶)せず、あらかん(阿羅漢)とならせ給。御眼三千大千世界を一時御らんありて、いみじくをはせしが、法華経第四巻にして普明如来と成べきよし、仏に仰をかほらせ給き。妙楽大師此事釈云稗飯雖軽以尽所有及田勝故故得勝報と[云云]。釈の心かろきひえのはんなれども、此よのほかにはも(持)たざりしを、たうとき人のうえておはせしにまいらせてありしゆへに、かゝるめでたき人となると[云云]。
此身のぶのさわは石なんどはおほく候。されどもかゝるものなし。その上夏のころなれば、民のいとまも候はじ。又御造営と申、さこそ候らんに、山里の事ををもひやらせ給てをくりたびて候。所詮はわがをやのわかれをしさに、父の御ために釈迦仏・法華経へまいらせ給にや。孝養の御心か。さる事なくば、梵王・帝釈・日月・四天その人の家をすみかとせんとちかはせ給て候は、いふにかひなきものなれども、約束と申事はたがへぬ事にて候に、さりともこの人々はいかでか仏前の御約束をばたがへさせ給べき。もし此事まことになり候はば、わが大事とおもはん人々のせいし(制止)候。又おほきなる難来るべし。その時すでに此事かなうべきにやとおぼしめして、いよいよ強盛なるべし。さるほどならば聖霊仏になり給べし。成給ならば来てまほり給べし。其時一切は心にまかせんずるなり。かへすがへす人のせいし(制止)あらば、心にうれしくおぼすべし。恐恐謹言。 五月三日 日蓮 [花押] 上野殿御返事