王舎城事
173 王舎城事
錢一貫五百文給候了。焼亡の事委承候事悦入候。大火の事は仁王経の七難の中の第三の火難、法華経の七難の中には第一の火難なり。夫虚空をば剣にてきることなし。水をば火焼ことなし。聖人・賢人・福人・智者をば火やくことなし。例せば月氏に王舎城と申大城は在家九億万家也。七度まで大火をこりてやけほろびき。万民なげきて逃亡せんとせしに、大王なげかせ給事かぎりなし。其時賢人ありて云、七難の大火と申事は聖人のさ(去)り、王の福の尽る時をこり候也。然に此大火万民をばやくといえとも、内裏には火ちかづくことなし。知ぬ、王のとがにはあらず、万民の失なり。されば万民の家を王舎と号せば、火神名にをそれてやくべからずと申せしかば、さるへんもとて王舎城とぞなづけられしかば、それより火災とどまりぬ。されば大果報の人をば大火はやかざるなり。
これは国王已にやけぬ。知ぬ、日本国の果報のつくるしるし(兆)なり。然に此国は大謗法の僧等が強盛にいのりをなして、日蓮を降伏せんとする故に、弥弥わざはひ来るにや。其上名と申事は体を顕し候に、両火房と申謗法の聖人鎌倉中の上下の師なり。一火は身に留りて極楽寺焼て地獄寺となりぬ。又一火は鎌倉にはなちて御所やけ候ぬ。又一火は現世の国をやきぬる上に、日本国の師弟ともに無間地獄に墮て、阿鼻の炎にもえ候べき先表也。愚癡の法師等が智慧ある者の申事を用候はぬは是体に候也。不便不便。
先先御文まいらせ候しなり。御馬のがい(野飼)て候へば、又ともびき(友引)してくり(栗)毛なる馬をこそまうけて候へ。あはれあはれ見せまいらせ候はばや。
名越の事は是にこそ多の子細どもをば聞て候へ。ある人のゆきあひて、理具の法門自讃しけるをさむざむにせめ(責)て候けると承候。
又女房の御いのりの事。法華経をば疑ひまいらせ候はねども、御信心やよはくわたらせ給はんずらん。如法に信じたる様なる人人も、実にはさもなき事とも是にて見て候。それにも知しめされて候。まして女人の御心、風をばつなぐ(繋)ともとりがたし。御いのりの叶候はざらんは、弓のつよくしてつる(絃)よはく、太刀つるぎ(剣)にてつかう人の臆病なるやうにて候べし。あへて法華経の御とがにては候べからず。よくよく念仏と持斉とを我もすて、人をも力のあらん程はせか(塞)せ給へ。譬ば左衛門殿の人ににくまるるがごとしと、こまごまと御物語候へ。
いかに法華経を御信用ありとも、法華経のかたきをとわり(遊女)ほどにはよもおぼさじとなり。一切の事は父母にそむき、国王にしたがはざれば、不孝の者にして天のせめをかうふる。ただし法華経のかたきになりぬれば、父母国主の事をも用ひざるが孝養ともなり、国の恩を報ずるにて候。されば日蓮は此経文を見候しかば、父母手をすり(擦)てせい(制)せしかども、師にて候し人かんだうせしかども、鎌倉殿の御勘気を二度までかほり、すでに頸となりしかども、ついにをそれずして候へば、今は日本国の人人も道理かと申へんもあるやらん。日本国に国主・父母・師匠の申事を用ずして、ついに天のたすけをかほる人は、日蓮より外は出しがたくや候はんずらん。是より後も御覧あれ。日蓮をそしる法師原が、日本国を祈らば弥弥国亡べし。結句せめの重からん時、上一人より下万民までもとどり(髻)をわかつやつこ(奴僕)となり、ほぞをくうためしあるべし。後生はさてをきぬ、今生に法華経の敵となりし人をば、梵天・帝釈・日月・四天罰し給て皆人にみこり(見懲)させ給へと申つけて候。日蓮法華経の行者にてあるなしは是にて御覧あるべし。
かう申せば国主等は此法師のをど(威)すと思へるか。あへてにくみては申さず。大慈大悲の力、無間地獄の大苦を今生にけ(消)さしめんとなり。章安大師云 為彼除悪即是彼親等[云云]。かう申は国主の父母、一切衆生の師匠なり。事事多候へども留候ぬ。又麦の白米一だ(駄)・はしかみ(薑)送給候了。 卯月十二日 日蓮[花押] 四條金吾殿 [御返事]