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可延定業御書

第一巻 定本番号 163 文永12(1275) 分類: 真蹟現存(完存orほぼ完存)

祖寿: 54 対告衆: 富木尼 著作地: 身延 真蹟: 中山 法華経寺 

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    163   可延定業御書
夫病に二あり。一者軽病、二者重病。重病すら善医に値て急に対治すれば命猶存す。何況軽病をや。業に二あり。一定業、二不定業。定業すら能々懺悔すれば必消滅す。何況不定業をや。法華経第七云 此経則為閻浮提人病之良薬等[云云]。此経文は法華経文也。一代の聖教は皆如来の金言、無量劫より已来不妄語の言也。就中此法華経は仏の正直捨方便と申て真実が中の真実なり。多宝証明を加、諸仏舌相を添給。いかでかむなしかるべき。
其上最第一の秘事はんべり。此経文は後五百歳二千五百余年の時、女人の病あらんととかれて候文なり。阿闍世王は御年五十二月十五日、大悪瘡身に出来せり。大医耆婆が力も及ず、三月七日必死て無間大城に堕べかりき。五十余年が間大楽一時に滅して、一生の大苦三七日にあつまれり。定業限ありしかども仏、法華経をかさねて演説して、涅槃経となづけて大王にあたえ給しかば、身の病忽に平愈、心の重罪も一時に露と消にき。仏滅後一千五百余年、陳臣と申人ありき。命知命にありと申て五十年に定て候しが、天台大師に値て十五年の命を宣て、六十五までをはしき。其上、不軽菩薩更増寿命ととかれて、法華経を行じて定業をのべ給き。彼等皆男子也。女人にはあらざれども、法華経を行じて寿をのぶ。又陳臣は後五百歳にもあたらず。冬の稻米・夏菊花のごとし。当時の女人の法華経を行じて定業を転ことは秋の稻米・冬菊花、誰かをどろくべき。されば日蓮悲母をいのりて候しかば、現身に病をいやすのみならず、四箇年の寿命をのべたり。今女人の御身として病を身にうけさせ給。
心みに法華経の信心を立て御らむあるべし。しかも善医あり。中務三郎左衛門尉殿は法華経の行者なり。命と申物は一身第一の珍宝也。一日なりともこれをのぶるならば千万両の金にもすぎたり。法華経の一代の聖教に超過していみじきと申は寿量品のゆへぞかし。閻浮第一の太子なれども短命なれば草よりもかろし。日輪のごとくなる智者なれども夭死あれば生犬に劣。早く心ざしの財をかさねて、いそぎいそぎ御対治あるべし。此よりも申べけれども、人は申によて吉事もあり、又我志のうすきかとをもう者もあり。人の心しりがたき上、先々に少々かゝる事候。此人は人の申せばすこそ(少)心へずげに思人なり。なかなか申はあしかりぬべし。但なかうど(中人)もなく、ひらなさけに、又心もなくうちたのませ給。去年の十月これに来て候しが、御所労の事をよくよくなげき申せしなり。当事大事のなければをどろかせ給ぬにや、明年正月二月のころをひは必をこるべしと申せしかば、これにもなげき入て候。富木殿も此尼ごぜんをこそ杖柱とも恃たるに、なんど申て候しなり。随分にわび候しぞ。きわめてまけじたまし(不負魂)の人にて、我かたの事をば大事と申人なり。かへすがへす身の財をだにをしませ給わば此病治がたかるべし。一日の命は三千界の財にもすぎて候なり。先御志をみみへさせ給べし。法華経の第七巻、三千大千世界の財を供養するよりも、手一指を焼て仏法華経に供養せよととかれて候はこれなり。
命は三千にもすぎて候。而齢もいまだたけさせ給はず、而法華経にあわせ給ぬ。一日もいきてをはせば功徳つもるべし。あらをしの命や命や。御姓名並御年を我とかかせ給て、わざとつかわせ。大日月天に申あぐべし。いよどの(伊予殿)もあながちになげき候へば日月天に自我偈をあて候はんずるなり。恐恐謹言。   日蓮[花押]   尼ごぜん[御返事]