妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

如説修行鈔

第一巻 定本番号 124 文永10(1273) 分類: 写本現存

祖寿: 52 著作地: 佐渡 一谷 写本: 日尊筆 茨城富久成寺藏

→ 全集(書下し・現代語訳)を見る

    124   如説修行鈔
夫以末法流布之時受生於此土信此経人如来在世より猶多怨嫉之難可甚見えて候也。
其故は在世は能化の主は仏也。弟子又大菩薩・阿羅漢也。人天四衆八部人非人等也といへども、調機調養して法華経を聞しめ給ふ、猶怨嫉多し。何況末法今時は教機時刻当来すといへども、尋其師凡師也。弟子又闘諍堅固白法隠没三毒強盛の悪人等也。故に善師をば遠離し、悪師には親近す。其上真実の法華経の如説修行の行者の師弟檀那とならんには、三類の敵人決定せり。されば此経を聴聞し始めん日より思定べし。況滅度後の大難の三類甚しかるべしと。
然に我弟子等の中にも、兼て聴聞せしかども、大小の難来る時は今始て驚き肝をけして信心を破りぬ。兼て申さゞりける歟。経文を先として猶多怨嫉況滅度後、況滅度後と朝夕教へし事は是也。予が或は所ををわれ、或疵を蒙り、或両度の御勘気を蒙て遠国に流罪せらるゝを見聞とも、今始て驚べきにあらざる物をや。
問云、如説修行の行者は現世安穏なるべし。何が故ぞ三類の強敵盛んならんや。答云、釈尊は法華経の御為に今度九横の大難に値ひ給ふ。過去の不軽菩薩は法華経の故に杖木瓦石を蒙り、竺の道生は蘇山に流され、法道三蔵は面に火印をあてられ、師子尊者は頭をはねられ、天台大師は南三北七にあだまれ、伝教大師は六宗ににくまれ給へり。此等の仏・菩薩・大聖等は法華経の行者として而も大難にあひ給へり。此等の人々を如説修行の人と不云いづくにか如説修行の人を尋ん。
然に今の世は闘諍堅固白法隠没なる上、悪国・悪王・悪臣・悪民のみ有て正法を背て邪法・邪師を崇重すれば、国土に悪鬼乱入て三災七難盛に起れり。かゝる時刻に日蓮蒙仏敕此土に生けるこそ時の不祥なれ。法王の宣旨背がたければ、任経文権実二教のいくさを起し、忍辱の鎧を著て妙教の剣を提げ、一部八巻の肝心妙法五字の旗を指上て、未顕真実の弓をはり正直捨権の箭をはげて、大白牛車に打乗て権門をかつぱと破り、かしこへおしかけ、こゝへおしよせ、念仏・真言・禅・律等の八宗十宗の敵人をせむるに、或はにげ、或はひきしりぞき、或は生取れし者は我弟子となる。或はせめ返し、せめをとしすれども、かたきは多勢也、法王の一人は無勢也。至今軍やむ事なし。
法華折伏破権門理の金言なれば、終に権教権門の輩を一人もなくせめをとして法王の家人となし、天下万民諸乗一仏乗と成て妙法独り繁昌せん時、万民一同に南無妙法蓮華経と唱奉らば、吹風枝をならさず、雨攘を不砕。代は羲農の世となりて、今生には不祥の災難を払ひ長生の術を得、人法共に不老不死之理顕れん時を各各御覧ぜよ。現世安穏の証文不可有疑者也。
問云、如説修行の行者と申さんは何様に信ずるを申候べきや。答云、当世日本国中の諸人一同に如説修行の人と申候は、諸乗一仏乗と開会しぬれば、何れの法も皆法華経にして勝劣浅深ある事なし。念仏を申も、真言を持も、禅を修行するも、総じて一切の諸経並に仏菩薩の御名を持て唱るも、皆法華経也と信ずるが如説修行の人とは被云候也等[云云]。
予云不然。所詮仏法を修行せんには人の言を不可用。只仰て仏の金言をまほるべき也。我等が本師釈迦如来は初成道の始より、法華を説んと思食しかども、衆生の機根未熟也しかば、先権教たる方便を四十余年が間説て、後に真実たる法華経を説せ給也。此経の序分無量義経にして、権実のはうじ(榜示)を指て方便真実を分給へり。所謂、以方便力、四十余年、未顕真実是也。大荘厳等の八万の大士、施権開権廃権等のいはれを得意分給て、領解して言、法華已前の歴劫修行等の諸経は終不得成無上菩提と申きり給ひぬ。然後正宗法華に至て、世尊法久後、要当説真実と説給しを始として、無二亦無三、除仏方便説、正直捨方便、乃至不受余経一偈と禁め給へり。
是より已後は唯有一仏乗の妙法のみ一切衆生を仏になす大法にて、法華経より外の諸経は一分の得益もあるまじきに、末法の今の学者、何れも如来の説教なれば皆得道あるべしと思て、或真言或念仏、或禅宗・三論・法相・倶舎・成実・律等の諸宗諸経を取取に信ずる也。如是人をば若人不信毀謗此経、則断一切世間仏種、乃至其人命終入阿鼻獄と定給へり。此等のをきての明鏡を本として一分もたがえず、唯有一乗法と信ずるを如説修行の人とは仏定させ給へり。
難云、左様に方便権教たる諸経諸仏を信ずるを法華経と云はゞこそ、只一経に限て経文の如く五種の修行をこらし、安楽行品の如く修行せんは、如説修行の者とは被云候まじき歟如何。答云、凡仏法を修行せん者は摂折二門を可知也。一切の経論不出此二也。されば国中の諸学者等、仏法をあらあら学すと云へども、時刻相応の道をしらず。
四節四季取取に替れり、夏は熱く、冬はつめたく、春は花さき、秋は菓なる。春種子を下して秋菓を取べし。秋種子を下して春菓を取んに豈可被取耶。極寒の時は厚き衣は用也。極熱の夏はなにかせん。涼風は夏の用也。冬はなにかせん。仏法も亦復如是。小乗流布して得益あるべき時もあり。権大乗流布して得益あるべき時もあり。実教流布して仏果を可得時もあり。
然に正像二千年は小乗・権大乗流布の時也。末法の始の五百年には純円一実の法華経のみ広宣流布の時也。此時は闘諍堅固白法隠没の時と定めて、権実雑乱の砌也。有敵時は刀杖弓箭を可持。無敵時は弓箭兵杖何にかせん。今の時は権教即実教の敵と成る也。一乗流布の時は権教有て敵と成てまぎらはしくば実教より可責之。是を摂折二門の中には法華経の折伏と申也。天台云、法華折伏破権門理まことに故ある哉。然に摂受たる四安楽の修行を今の時行ずるならば、冬種子を下して春菓を求る者にあらずや。の暁に鳴は用也。宵に鳴は物怪也。権実雑乱の時、法華経の御敵を不責山林に閉篭り、摂受を修行せんは豈法華経修行の時を失う物怪にあらずや。
されば末法今の時、法華経の折伏の修行をば誰か如経文行じ給へしぞ。誰人にても坐せ、諸経は無得道堕地獄の根源、法華経独り成仏の法也と、音も不惜よばはり給て、諸宗の人法共に折伏して御覧ぜよ。三類の強敵来らん事無疑。
我等が本師釈迦如来は在世八年之間折伏し給ひ、天台大師は三十余年、伝教大師は二十余年。今日蓮は二十余年の間破権理。其間の大難不知数。仏の九横の難に及か不及不知。恐は天台伝教も法華経の故に如日蓮値大難給事なし。彼は只悪口怨嫉計也。是は両度の御勘気、遠国に流罪せられ、龍口の頸の座、頭の疵等、其外悪口せられ、弟子等を流罪せられ、篭に入られ、檀那の所領を取られ、御内を出されし、是等の大難には龍樹天台伝教も争か及給べき。されば如説修行の法華経の行者には三類の強敵打定て可有知給へ。
されば釈尊御入滅之後二千余年が間に如説修行の行者は、釈尊天台伝教の三人はさてをき候ぬ。入末法日蓮並弟子檀那等是也。我等を如説修行の者といはずば、釈尊天台伝教等の三人も如説修行の人なるべからず。提婆・瞿伽利・善星・弘法・慈覚・智証・善導・法然・良観房等は即法華経の行者と云はれ、釈尊・天台・伝教・日蓮並弟子檀那は念仏・真言・禅・律等の行者なるべし。法華経は方便権教と云はれ、念仏等の諸経は還て法華経となるべき歟。東は西となり、西は東となるとも、大地は所持草木共に飛上て天となり、天の日月星宿は共に落下て地となるためしはありとも、いかでか此理あるべき。
哀哉今日本国の万人、日蓮並弟子檀那等が三類の強敵に責られ大苦に値を見て悦で笑ふとも、昨日は人の上、今日は身の上なれば、日蓮並弟子檀那共に霜露の命の日影を待計ぞかし。只今仏果に叶て寂光の本土に居住して自受法楽せん時、汝等が阿鼻大城の底に沈て大苦に値ん時、我等何計無慚と思んずらん。汝等何計うらやましく思はんずらん。
過一期事無程、いかに強敵重なるとも、ゆめゆめ退する心なかれ、恐るゝ心なかれ。縦ひ頸をば鋸にて引切、どう(胴)をばひしほこを以てつゝき、足にはほだしを打てきり(錐)を以てもむとも、命のかよはんほどは南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経と唱て、唱へ死に死るならば、釈迦・多宝・十方の諸仏、霊山会上にして御契約なれば、須臾の程に飛来て手をとり肩に引懸て、霊山へはしり給はば、二聖・二天・十羅刹女は受持の者を擁護し、諸天善神は天蓋を指、旗を上て、我等を守護して、慥に寂光の宝刹へ送り給べき也。あらうれしや、あらうれしや。   文永十年[癸酉]五月日   日蓮[花押]  人々御中へ   此書不離御身常可有御覧候。