妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

祈祷鈔

第一巻 定本番号 113 文永9(1272) 分類: 真蹟曽存

祖寿: 51 著作地: 佐渡 一谷 真蹟: 身延山(曽) 

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    113   祈祷鈔
 本朝沙門   日蓮  撰
問云、華厳宗・法相宗・三論宗・小乗三宗・真言宗・天台宗の祈をなさんに、いづれかしるしあるべきや。答云、仏説なればいづれも一往は祈となるべし。但法華経をもていのらむ祈は必祈となるべし。
問云、其所以如何。答云、二乗は大地微塵劫を経て先四味の経を行ずとも成仏すべからず。法華経は須臾の間此を聞て仏になれり。若爾者 舎利弗・迦葉等の千二百・万二千、総じて一切二乗界の仏は必法華経の行者の祈をかなふべし。又行者の苦にもかわるべし。故に信解品云 世尊大恩。以希有事憐愍教化利益我等。無量億劫誰能報者。手足供給 頭頂礼敬一切供養皆不能報。若以頂戴両肩荷負於恒沙劫尽心恭敬又以美膳無量宝衣及諸臥具種種湯薬牛頭栴檀及諸珍宝以起塔廟宝衣布地如斯等事以用供養於恒沙劫亦不能報等[云云]。此経文は四大声聞譬諭品を聴聞して仏になるべき由を心得て、仏と法華経の恩の報じがたき事を説けり。
されば二乗の御為には此経を行ずる者をば、父母よりも愛子よりも両眼よりも身命よりも大事にこそおぼしめすらめ。舎利弗・目連等の諸大声聞は一代聖教いづれも讃歎せん行者をすておぼす事は有べからずとは思へども、爾前の諸経はすこしうらみおぼす事も有らん。於仏法中已如敗種なんどしたゝかにいましめられ給し故也。今の華光如来・名相如来・普明如来なんどならせ給たる事はおもはざる外の幸なり。例せば崑崙山のくづれて宝の山に入たる心地してこそおはしぬらめ。されば領解の文に云 無上宝珠不求自得等[云云]。されば一切の二乗界、法華経の行者をまほり給はん事は疑あるべからず。
あやしの畜生なんども恩をば報ずる事に候ぞかし。かりと申鳥あり、必母の死なんとする時孝をなす。狐は塚を跡にせず。畜生猶如此。況人類をや。されば王寿と云し者道を行しに、うえつかれたりしに、路の辺に梅の樹あり。其実多し、寿とりて食してうへやみぬ。我此梅の実を食して気力をます。其恩を報ぜずんばあるべからずと申て、衣をぬぎて梅に懸てさりぬ。王尹と云し者は道を行に水に渇しぬ。河をすぐるに水を飲で錢を河に入て是を水の直とす。
龍は必袈裟懸たる僧を守る。仏より袈裟を給て龍宮城の愛子に懸て金翅鳥の難をまぬがるる故也。金翅鳥は必父母孝養の者を守る。龍は須弥山を動して金翅鳥の愛子を食す。金翅鳥は仏の教によて父母の孝養をなす者、僧のとるさんば(生飯)を須弥の頂にをきて龍の難をまぬがるる故也。天は必戒を持善を修する者を守る。人間界に戒を持たず善を修する者なければ、人間界の人死して多く修羅道に生ず。修羅多勢なれば、をごりをなして必天ををかす。人間界に戒を持善を修するの者多ければ、人死して必天に生ず。天多ければ修羅をそれをなして天ををかさず。故に戒を持善を修する者をば天必守之。何況二乗は六凡より戒徳も勝智慧賢人人なり。いかでか我成仏を遂たらん法華経を行ぜん人をば捨べきや。
又一切菩薩並に凡夫は仏にならんがために、四十余年の経経を無量劫が間行ぜしかども、仏に成る事なかりき。而を法華経を行じて仏と成て今十方世界におはします。仏仏の三十二相八十種好をそなへさせ給て九界の衆生にあをがれて、月を星の回るがごとく、須弥山を八山の回るが如、日輪を四州の衆生の仰が如、輪王を万民の仰が如、仰がれさせ給は法華経の恩徳にあらずや。されば仏法華経に誡云 不須復安舎利。涅槃経云 諸仏所師所謂法也。是故如来恭敬供養等[云云]。法華経には我舎利を法華経に並べからず。涅槃経には諸仏は法華経を恭敬供養すべしと説せ給へり。仏此法華経をさとりて仏に成、しかも人に説聞せ給はずば仏種をたゝせ給ふ失あり。此故に釈迦如来は此娑婆世界に出でて説んとせさせ給しを、元品の無明と申第六天の魔王が一切衆生の身に入て、仏をあだみて説せまいらせじとせしなり。
所謂波瑠璃王の五百人の釈子を殺し、鴦崛摩羅が仏を追、提婆が大石を放、旃遮婆羅門女が鉢を腹にふせて仏の御子と云し、婆羅門城には仏を入奉る者は五百両の金をひきき。されば道にはうばらをたて、井には糞を入、門にはさかむき(逆木)をひけり、食には毒を入れし、皆是仏をにくむ故に。華色比丘尼を殺し、目連は竹杖外道に殺され、迦留陀夷は馬糞に埋れし、皆仏をあだみし故なり。而ども仏さまざまの難をまぬかれて御年七十二歳、仏法を説始られて四十二年と申せしに、中天竺王舎城の丑寅耆闍崛山と申山にして、法華経を説始られて八年まで説せ給て、東天竺倶尸那城跋提河の辺にして御年八十と申せし、二月十五日の夜半に御涅槃に入せ給き。而といへども御悟をば法華経と説をかせ給へば、此経の文字は即釈迦如来の御魂也。一一の文字は仏の御魂なれば、此経を行ぜん人をば釈迦如来我御眼の如くまほり給べし。人の身に影のそへるがごとくそはせ給らん。いかでか祈とならせ給はざるべき。
一切の菩薩は又始華厳経より四十余年の間、仏にならんと願給しかどもかなはずして、法華経の方便品の略開三顕一の時、求仏諸菩薩、大数有八万。又諸万億国転輪聖王至合掌以敬心 欲聞具足道と願しが、広開三顕一を聞て、菩薩聞是法疑網皆已断と説せ給ぬ。其後自界他方の菩薩雲の如く集り、星の如く列り給き。宝塔品の時、十方の諸仏各各無辺の菩薩を具足して集給き。文殊は海より無量の菩薩を具足し、又八十万億那由他の諸菩薩、又過八恒河沙菩薩、地涌千界菩薩、分別功徳品六百八十万億那由佗恒河沙菩薩 又千倍菩薩 復一世界微塵数菩薩 復三千大千世界微塵数菩薩 復二千中国土微塵数菩薩 復小千国土微塵数菩薩復四四天下微塵数菩薩 三四天下二四天下一四天下微塵数菩薩 復八世界微塵数衆生 薬王品八万四千菩薩 妙音品八万四千菩薩 又四万二千天子 普門品八万四千 陀羅尼品六万八千人 妙荘厳王品八万四千人 勧発品恒河沙等菩薩 三千大千世界微塵数等の菩薩 此等の菩薩を委く数へば、十方世界の微塵の如し。十方世界の草木の如し。十方世界の星の如し。十方世界の雨の如し。此等は皆法華経にして仏にならせ給て、此三千大千世界の地上・地下・虚空の中にまします。
迦葉尊者は鶏足山にあり、文殊師利は清涼山にあり、地蔵菩薩は迦羅陀山にあり、観音は補陀落山にあり、弥勒菩薩は兜率天に、難陀等の無量の龍王・阿修羅王は海底海畔にあり。帝釈は利天に、梵王は有頂天に、摩醯修羅は第六の他化天に、四天王は須弥の腰に、日月衆星は我等が眼に見へて頂上を照し給ふ。江神・河神・山神等も皆法華経の会上の諸尊也。仏、法華経をとかせ給て年数二千二百余年なり。人間こそ寿も短き故に、仏をも見奉候人も侍らね。天上は日数は永く寿も長ければ、併仏をおがみ法華経を聴聞せる天人かぎり多おはする也。人間の五十年は四王天の一日一夜なり。此一日一夜をはじめとして三十日は一月、十二月は一年にして五百歳なり。されば人間の二千二百余年は四王天の四十四日也。されば日月並に毘沙門天王は仏におくれたてまつりて四十四日、いまだ二月にたらず。帝釈梵天なんどは仏におくれ奉て一月一時にもすぎず。わづかの間にいかでか仏前の御誓、並に自身成仏の御経の恩をばわすれて、法華経の行者をば捨させ給べき、なんど思つらぬればたのもしき事なり。されば法華経の行者の祈る祈は、響の音に応ずるがごとし。影の体にそえるがごとし。すめる水に月のうつるがごとし。方諸の水をまねくがごとし。磁石の鉄をすうがごとし。琥珀の塵をとるがごとし。あきらかなる鏡の物の色をうかぶるがごとし。
世間の法には我がおもはざる事も、父母・主君・師匠・妻子・をろかならぬ友なんどの申事は、恥ある者は意にはあはざれども、名利をもうしなひ、寿ともなる事も侍るぞかし。何況我心からをこりぬる事は、父母・主君・師匠なんどの制止を加れどもなす事あり。さればはんよき(范於期)と云し賢人は我頸を切てだにこそ、けいか(荊軻)と申せし人には与へき。季札と申せし人は約束の剣を徐君が塚の上に懸たりき。而に霊山会上にして即身成仏せし龍女は、小乗経には五障の雲厚三従のきづな強しと嫌はれ、四十余年の諸大乗経には或は歴劫修行にたへずと捨られ、或は初発心時便成正覚の言も有名無実なりしかば、女人成仏もゆるさざりしに、設人間天上の女人なりとも成仏の道には望なかりしに、龍畜下賤の身たるに、女人とだに生れ、年さへいまだたけず、わづかに八歳なりき。かたがた思もよらざりしに、文殊の教化によりて、海中にして法師・提婆の中間、わづかに宝塔品を説れし時刻に、仏になりたりし事はありがたき事也。一代超過の法華経の御力にあらずばいかでかかくは候べき。されば妙楽は行浅功深以顕経力とこそ書せ給へ。龍女は我仏になれる経なれば仏の御諌なくとも、いかでか法華経の行者を捨させ給べき。されば自讃歎仏の偈には、我闡大乗教度脱苦衆生等こそすゝませさせ給しか。龍女の誓は其所従の非口所宣非心所測の一切の龍畜の誓なり。娑竭羅龍王は龍畜の身なれども、子を念志深かりしかば、大海第一の宝如意宝珠をもむすめにとらせて、即身成仏の御布施にせさせつれ。此珠は直三千大千世界にかふる珠なり。
提婆達多は師子頬王には孫、釈迦如来には伯父たりし斛飯王の御子、阿難尊者の舎兄也。善聞長者のむすめの腹なり。転輪聖王の御一門、南閻浮提には不賤人也。在家にましましし時は、夫妻となるべきやすたら女を悉達太子に押取られ、宿世の敵と思しに、出家の後に人天大会の集たりし時、仏に汝は癡人唾を食へる者とのられし上、名聞利養深かりし人なれば仏の人にもてなされしをそねみて、我身には五法を行じて仏より尊げになし、鉄をのして千輻輪につけ、螢火を集て白毫となし、六万宝蔵・八万宝蔵を胸に浮べ、象頭山に戒場を立て多の仏弟子をさそひとり、爪に毒を塗仏の御足にぬらむと企て、蓮華比丘尼を打殺し、大石を放て仏の御指をあやまちぬ。具に三逆を犯し、結句は五天竺の悪人を集め、仏並に御弟子檀那等にあだをなす程に、
頻婆娑羅王は仏の第一の御檀那也。一日に五百輛の車を送り、日日に仏並に御弟子を供養し奉き。提婆そねむ心深くして阿闍世太子を語て、父を終に一尺の釘七をもてはりつけになし奉りき。終に王舎城の北門の大地破て阿鼻大城に堕にき。三千大千世界の人一人も是を見ざる事なかりき。されば大地微塵劫は過とも無間大城をば出べからずとこそ思候に、法華経にして天王如来とならせ給けるにこそ不思議に尊けれ。提婆達多、仏になり給はば、語らはれし所の無量の悪人、一業所感なれば皆無間地獄の苦ははなれぬらん。是偏に法華経の恩徳也。されば提婆達多並に所従の無量の眷属は法華経の行者の室宅にこそ住せ給らめとたのもし。
諸の大地微塵の如なる諸菩薩は等覚の位までせめて、元品の無明計もちて侍が、釈迦如来に奉値元品の大石をわらんと思ふに、教主釈尊四十余年が間は因分可説果分不可説と申て、妙覚の功徳を説顕し給はず。されば妙覚の位に登る人一人もなかりき。本意なかりし事なり。而に霊山八年が間に唯一仏乗名為果分と説顕し給しかば、諸菩薩皆妙覚の位に上りて、釈迦如来と悟り等しく須弥山の頂に登て四方を見が如く、長夜に日輪の出たらんが如く、あかなくならせ給たりしかば、仏の仰せ無とも法華経を弘めじ、又行者に替らじ、とはおぼしめすべからず。されば我不愛身命但惜無上道。不惜身命当広説此経等とこそ誓給しか。其上慈父釈迦仏・悲母多宝仏・慈悲父母等、同助証の十方の諸仏一座に列らせ給て、月と月とを集たるが如く、日と日とを並たるが如くましましし時、告諸大衆 我滅度後誰能護持読誦此経。今於仏前自説誓言と三度まで諌させ給しに、八方四百万億那由佗の国土に充満せさせ給し諸大菩薩身を曲低頭合掌し、倶に同時に声をあげて、如世尊敕当具奉行と三度まで声を惜まずよばわりしかば、いかでか法華経の行者にはかわらせ給はざるべき。はんよき(范於期)と云しものけいか(荊軻)に頭を取せ、きさつ(季札)と云しもの徐君が塚に刀をかけし、約束を違へじがためなり。此等は震旦辺土のえびすの如なるものどもだにも、友の約束に命をも亡し、身に代へて思刀をも塚に懸るぞかし。まして諸大菩薩は本より大悲代受苦の誓深し。仏の御諌なしともいかでか法華経の行者を捨給べき。其上我成仏の経たる上、仏慇懃に諌給しかば、仏前の御誓丁寧也。行者を助事疑べからす。
仏は人天の主、一切衆生の父母なり。而も開導の師也。父母なれども賤き父母は主君の義をかねず。主君なれども父母ならざれば、おそろしき辺もあり。父母・主君なれども、師匠なる事はなし。諸仏は又世尊にてましませば主君にてはましませども、娑婆世界に出させ給はざれば師匠にあらず。又其中衆生悉是吾子とも名乗せ給はず。釈迦仏独主師親の三義をかね給へり。しかれども四十余年の間は提婆達多を罵給ひ、諸声聞をそしり、菩薩の果分の法門を惜給しかば、仏なれどもよりよりは天魔破旬ばしの我等をなやますかの疑、人にはいはざれども心中には思し也。此心は四十余年法華経の始まで失せず。
而を霊山八年の間に宝塔虚空に現じ、二仏日月の如く並び、諸仏大地に列り大山をあつめたるごとく、地涌千界の菩薩虚空に星の如く列給て、諸仏の果分の功徳を吐給しかば、宝蔵をかたふけて貧人にあたうるがごとく、崑崙山のくづれたるににたりき。諸人此玉をのみ拾が如く此八箇年が間珍く貴き事心髄にもとをりしかば、諸菩薩身命も惜まず言をはぐくまず誓をなせし程に、属累品にして釈迦如来宝塔を出させ給て、とびらを押たて給しかば、諸仏は国国へ返給き。諸菩薩等も諸仏に随ひ奉りて返らせ給ぬ。やうやく心ぼそくなりし程に、卻後三月当般涅槃と唱させ給し事こそ心ぼそく耳をどろかしかりしかば、二乗人天等ことごとく法華経を聴聞して仏の恩徳心肝にそみて、身命をも法華経の御ために投て、仏に見せまいらせんと思に、仏の仰の如く若涅槃せさせ給はばいかにあさましからんと胸さはぎしてありし程に、仏の御年満八十と申せし二月十五日の寅卯の時、東天竺舎衛国倶尸那城跋提河の辺にして仏御入滅なるべき由の御音、上は有頂、横には三千大千界までひびきたりしこそ目もくれ心もきえはてぬれ。五天竺・十六の大国・五百の中国・十千の小国・無量の粟散国等の衆生、一人も衣食を調へず、上下をきらはず、牛馬狼狗鷲蚊等の五十二類の一類の数大地微塵をもつくしぬべし。況五十二類をや。此類皆華香衣食をそなへて最後の供養とあてがひき。一切衆生の宝の橋をれなんとす。一切衆生の眼ぬけなんとす。一切衆生の父母主君師匠死なんとす。なんど申すこえひびきしかば、身の毛のいよ立のみならず涙を流す。なんだをながすのみならず、頭をたゝき胸ををさへ音も惜まず叫びしかば、血の涙血のあせ倶尸那城に大雨よりもしげくふり、大河よりも多く流れたりき。是偏に法華経にして仏になりしかば、仏の恩の報じがたき故なり。
かゝるなげきの庭にても、法華経の敵をば舌をきるべきよし、座につらなりし人々のゝしり侍りき。迦葉童子菩薩は法華経の敵の国には霜雹となるべしと誓給き。爾時仏は臥よりをきてよろこばせ給て、善哉善哉と讃給き。諸菩薩は仏の御心を推して法華経の敵をうたんと申さば、しばらくもい(生)き給なんと思て一一の誓はなせしなり。されば諸菩薩・諸天人等は法華経の敵の出来せよかし、仏前の御誓はたして、釈迦尊並に多宝仏・諸仏如来にも、げに仏前にして誓しが如く、法華経の御ためには名をも身命をも惜まざりけりと思はれまいらせんとこそおぼすらめ。いかに申事はをそきやらん。
大地はさゝばはづるるとも、虚空をつなぐ者はありとも、潮のみちひぬ事はありとも、日は西より出るとも、法華経の行者の祈のかなはぬ事はあるべからず。法華経の行者を諸の菩薩・人天・八部等、二聖・二天・十羅刹等、千に一も来てまほり給はぬ事侍らば、上は釈迦諸仏をあなづり奉り、下は九界をたぼらかす失あり。行者は必不実なりとも智慧はをろかなりとも、身は不浄なりとも、戒徳は備へずとも南無妙法蓮華経と申さば必守護し給べし。袋きたなしとて金を捨る事なかれ、伊蘭をにくまば栴檀あるべからず。谷の池を不浄なりと嫌はば蓮を取るべからず。行者を嫌給はば誓を破り給なん。正像既に過ぬれば持戒は市の中の虎の如し、智者は麟角よりも希ならん。月を待までは燈を憑べし。宝珠のなき処には金銀も宝なり。白烏の恩をば黒烏に報ずべし。聖僧の恩をば凡僧に報ずべし。とくとく利生をさづけ給へと強盛に申ならば、いかでか祈のかなはざるべき。
問云 上にかゝせ給ふ道理文証を拝見するに、まことに日月の天におはしますならば、大地に草木のおふるならば、昼夜の国土にあるならば、大地だにも反覆せずば、大海のしほだにもみちひるならば、法華経を信ぜん人現世のいのり後生の善処は疑なかるべし。雖然此二十余年が間の天台・真言等の名匠、多く大事のいのりをなすに、はかばかしくいみじきいのりありともみえず。尚外典の者どもよりも、つたなきやうにうちをぼへて見ゆるなり。恐は経文のそらごとなるか、行者のをこなひのをろかなるか、時機のかなはざるかと、うたがはれて後生もいかんとをぼう。それはさてをきぬ。御房は山僧の御弟子とうけ給る。父の罪は子にかゝり、師の罪は弟子にかゝるとうけ給る。叡山の僧徒の薗城山門の堂塔・仏像・経巻数千万をやきはらはせ給が、ことにおそろしく、世間の人人もさわぎうとみあへるはいかに。前にも少少うけ給候ぬれども、今度くわしくきゝひらき候はん。但し不審なることは、かゝる悪僧どもなれば、三宝の御意にもかなはず、天地にもうけられ給はずして、祈も叶はざるやらんとをぼへ候はいかに。
答云 せんぜんも少少申ぬれども、今度又あらあら申べし。日本国にをいては此事大切なり。これをしらざる故に多の人、口に罪業をつくる。先づ山門はじまりし事は此国に仏法渡て二百余年、桓武天皇の御宇に伝教大師立始給しなり。当時の京都は昔聖徳太子王気ありと相し給しかども、天台宗の渡らん時を待給し間都をたて給はず。又上宮太子記云 我滅後二百余年仏法日本可弘[云云]。伝教大師延暦年中に叡山を立給ふ。桓武天皇は平の京都をたて給き。太子の記文たがはざる故なり。されば山門と王家とは松と栢とのごとし、蘭と芝とににたり。松かるれば必栢かれ、らんしぼめば又しばしぼむ。王法の栄へは山の悦び、王位の衰へは山の歎きと見えしに、既に世関東に移りし事なにとか思食しけん。
秘法四十一人行者。承久三年辛巳四月十九日京夷乱時、為関東調伏依隠岐法皇宣旨被始行御修法十五壇之秘法   一字金輪法[天台座主慈円僧正。伴僧十二口。関白殿基通御沙汰]   四天王法[成興寺宮僧正。伴僧八口。於広瀬殿修明門院御沙汰]   不動明王法[成宝僧正。伴僧八口。花山院禅門御沙汰]   大威徳法[観厳僧正。伴僧八口。七条院御沙汰]   転輪聖王法[成賢僧正。伴僧八口。同院御沙汰]   十壇大威徳法[伴僧六口。覚朝僧正。俊性法印。永信法印。豪円法印。猷円僧都。慈賢僧正。賢乗僧都。仙尊僧都。行遍僧都。実覚法眼。已上十人大旨於本坊修之]   如意輪法[妙高院僧正。伴僧八口。宜秋門院御沙汰]   毘沙門法[常住院僧正。三井。伴僧六口。資賃御沙汰]   御本尊一日被造之。調伏行儀  如法愛染王法[仁和寺御室行法。五月三日始之於紫宸殿二七日被修之]  仏眼法[大政僧正。三七日修之]  六字法[快雅僧都]  愛染王法[観厳僧正。七日修之]  不動法[勧修寺僧正。伴僧八口。皆僧綱]  大威徳法[安芸僧正]  金剛童子法[同人]   已上十五壇法了。
五月十五日伊賀太郎判官光季京にして被討同十九日鎌倉に聞え、同二十一日大勢軍兵上ると聞えしかば所残法六月八日被始行之。尊星王法[覚朝僧正]  太元法[蔵有僧都]  五壇法[大政僧正。永信法印。全尊僧都。猷円僧都。行遍僧都]  守護経法[御室被行之。我朝二度行之]五月二十一日武蔵守殿海道より上洛 甲斐源氏山道を上る、式部殿北陸道を上り給。六月五日大津をかたむる手、甲斐源氏に被破畢。同六月十三日十四日宇治橋合戦、同十四日京方被破畢。同十五日武蔵守殿六条へ入給。諸人入り畢。七月十一日本院隠岐国へ被流給、中院阿波国へ被流給ひ、第三院佐渡国へ被流給ふ。殿上人七人被誅殺畢。かゝる大悪法、年を経て漸漸に関東に落下て、諸堂の別当供僧となり連連と行之。本より教法の邪正勝劣をば知食さず。只三宝をばあがむべき事とばかりおぼしめす故に、自然として是を用ひきたれり。関東の国国のみならず、叡山・東寺・薗城寺の座主・別当、皆関東の御計と成ぬる故に、彼法の檀那と成給ぬるなり。
問云、真言教を強に邪教と云心如何。答云 弘法大師云 第一大日経・第二華厳経・第三法華経と能能此次第を案すべし。仏は何なる経にか此三部の経の勝劣を説判じ給へるや。若第一大日経・第二華厳経・第三法華経と説給へる経あるならば尤然るべし。其義なくんば甚以て依用し難し。法華経云 薬王今告汝 我所説諸経而於此経中法華最第一[云云]。仏正く諸教を挙て其中に於て法華第一と説給ふ。仏の説法と弘法大師の筆とは水火の相違なり。尋究むべき事也。此筆を数百年が間、凡僧・高僧是を学し、貴賤・上下是を信じて、大日経は一切経の中に第一とあがめける事、仏意に叶はず。心あらん人は能能思定むべきなり。若仏意に相叶はぬ筆ならば、信ずとも豈成仏すべきや。又是を以て国土を祈んに、当不起不祥哉。又云 震旦人師等諍盜醍醐[云云]。文の意は天台大師等真言教の醍醐を盜て法華経の醍醐と名け給へる事は、此筆最第一の勝事也。法華経を醍醐と名け給へる事は、天台大師涅槃経の文を勘へて、一切経の中には法華経を醍醐と名くと判じ給へり。
真言教の天竺より唐土へ渡る事は、天台出世の以後二百余年也。されば二百余年の後に渡るべき真言の醍醐を盜みて、法華経の醍醐と名け給ひけるか。此事不審也、不審也。真言未渡以前の二百余年の人人を盜人とかき給へる事、証拠何れぞや。弘法大師の筆をや信ずべき。涅槃経に法華経を醍醐と説けるをや信ずべき。若天台大師盜人ならば、涅槃経の文をば云何がこゝろうべき。さては涅槃経の文真実にして、弘法の筆邪義ならば、邪義の教を信ぜん人人は云何。只弘法大師の筆と仏の説法と勘合せて、正義を信じ侍るべしと申計なり。
疑云 大日経は大日如来の説法なり。若爾らば釈尊の説法を以て大日如来の教法を打たる事、都て道理に相叶はず如何。答云、大日如来は何なる人を父母として、何なる国に出て、大日経を説給けるやらん。もし父母なくして出世し給ならば、釈尊入滅以後、慈尊出世以前、五十六億七千万歳が中間に、仏出て説法すべしと云事、何なる経文ぞや。若証拠なくんば誰人か信ずべきや。かゝる僻事をのみ構へ申す間、邪教とは申すなり。其迷謬尽しがたし。纔か一二を出すなり。加之並に禅宗・念仏等を是を用る。此等の法は皆未顕真実の権教、不成仏の法、無間地獄の業なり。彼行人又謗法の者なり。争か御祈祷叶ふべきや。
然るに国主と成り給ふ事は過去に正法を持、仏に仕ふるに依て、大小の王皆梵王・帝釈・日月・四天等の御計ひとして、郡郷を領し給へり。所謂経云 我今五眼明見三世 一切国王皆由過去世侍五百仏得為帝王主等[云云]。然るに法華経を背きて、真言・禅・念仏等の邪師に付て、諸善根を修せらるるとも、敢て仏意に叶はず、神慮にも違する者なり。能能案あるべきなり。人間に生を得る事都て希なり。適生を受て、法の邪正を極て、未来成仏を期せざらん事、返返本意に非ざる者なり。又慈覚大師御入唐以後、本師伝教大師に背かせ給て、叡山に真言を弘めんが為に御祈請ありしに、日を射るに日輪動転すと云夢想を御覧じて、四百余年の間諸人是を吉夢と思へり。日本国は殊に忌べき夢なり。殷の紂王日輪を的にして射るに依て身亡びたり。此御夢想は権化の事なりとも能能思惟あるべき歟。仍て九牛の一毛所註如件。