転重軽受法門(与三子書)
89 転重軽受法門
周利槃特と申は兄弟二人なり。一人もありしかば、すりはんどくと申なり。各々三人は又かくのごとし。一人来せ給へば三人と存候なり。
涅槃経に転重軽受と申法門あり。先業の重き今生につきずして未来に地獄の苦を受べきが、今生にかゝる重苦に値候へば、地獄の苦はつときへて、死候へば人・天・三乗・一乗の盆をうる事候。
不軽菩薩の悪口罵詈せられ、杖木瓦礫をかほるも、ゆへなきにはあらず。過去の誹謗正法のゆへかとみへて、其罪畢已と説て候は、不軽菩薩の難に値ゆへに、過去の罪の滅かとみへはんべり[是一]。
又付法蔵二十五人は仏をのぞきたてまつりては、皆仏のかねて記をき給る権者なり。其中第十四提婆菩薩は外道にころされ、第二十五師子尊者は檀弥栗王に頸を刎られ、其外仏陀密多・龍樹菩薩なんども多の難にあへり。又難なくして、王法に御帰依いみじくて、法をひろめたる人も候。これは世に悪国善国有、法に摂受折伏あるゆへかとみへはんべる。
正像猶かくのごとし。中国又しかなり。これは辺土なり。末法の始なり。かゝる事あるべしとは先にをもひさだめぬ。期をこそまち候つれ[是二]。この上の法門はいにしえ申をき候き。めづらしからず。
円教の六即位に観行即と申は所行如所言所言如所行と[云云]。理即名字の人は円人なれども、言のみありて真なる事かたし。
例せば外典の三墳五典等は読人かずをしらず。かれがごとくに世ををさめふれまう事、千万が一もかたし。されば世のをさまる事も又かたし。
法華経は紙付に音をあげてよめども、彼の経文のごとくふれまう事わかたく候か。譬喩品云見有読誦書持経者軽賤憎嫉而懐結恨。法師品云如来現在猶多怨嫉況滅度後。勧持品云加刀杖乃至数数見擯出。安楽行品云一切世間多怨難信。此等は経文には候へども何世にかゝるべしともしられず。
過去の不軽菩薩・覚徳比丘なんどこそ、身にあたりてよみまいらせて候けるとみへはんべれ。
現在には正像二千年はさてをきぬ。末法に入ては此日本国には当時は日蓮一人みへ候か。昔の悪王の御時、多の聖僧の難に値候けるには、又所従眷属等・弟子檀那等いくそばくかなげき候けんと、今をもちてをしはかり候。今日蓮法華経一部よみて候。一句一偈に猶受記をかほれり。何況一部をやと、いよいよたのもし。
但をほけなく国土までとこそ、をもひて候へども、我と用られぬ世なれば力及ばず。しげきゆへにとどめ候。恐々謹言。 文永八年[辛未]十月五日 日蓮[花押] 大田左衛門尉殿 蘇谷入道殿 金原法橋御房 御返事