富城殿女房尼御前御書
書下し
富城殿女房尼御前御書
[1]いよ(伊予)房は学生になりて候ふぞ。つねに法門きかせ給ひ候へ。
[2]はるかにみまいらせ候はねば、をぼつかなく候ふ。
[3]たうじ(当時)とてもたのしき事は候はねども、むかしはことにわびしく候ひし時より、やしなわれまいらせて候へば、ことにをん(恩)をもくをもひまいらせ候ふ。それについては、いのちはつるかめのごとく、さいわいは月のまさり、しを(潮)のみつがごとくとこそ、法華経にはいのりまいらせ候へ。
[4]さてはえち(越)後房・しもつけ房と申す僧をいよどのにつけて候ふぞ。しばらくふびんにあたらせ給へと、とき殿には申させ給ふ。恐恐謹言。
[5]<日>十一月二十五日日>
[6]<人>日 蓮<花押>花押花押>人>
[7]<先>富城殿女房尼御前先>
現代語訳
富城殿女房尼御前御書
弘安二年(一二七九)一一月二五日、五八歳、於身延、和文、定一七一〇—一七一一頁。
[1]伊予房日頂はもう学僧になりましたよ。ですから、怠らずに法門をご聴聞なさいますように。
[2]久しくお目にかかっておりませんので、その後、お身体のお具合いはいかがかと気がかりです。
[3]私は、現在といっても別に安楽に暮らしているわけではありませんが、以前、ことに苦難の生活を強いられていた時から、あなたには引き続きご供養を受けておりますので、ことさらに重いご恩を感じております。それにつけても、あなたのお身体について、寿命は鶴や亀のように長く保ち、幸いは月が明るさを増し潮が満ちていくようにと、法華経にお祈り申し上げています。
[4]さて、このたび、越後房と下野房という門弟を伊予殿につけてうかがわせます。この二人は熱原の法難によって身をひそめているものですから、しばらくの間、面倒をみていただきたいと、ご夫君によろしくお願い申し上げてください。恐恐謹言。
[5]<日>十一月二十五日日>
[6]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[7]<先>富城殿女房尼御前先>