道場神守護事
書下し
道場神守護事
[1]鵞目五貫文、慥かに送り給び候い了んぬ。かつ知食すがごとく、この所は里中を離れたる深山なり。衣食乏少の間、読経の声続きがたく、談義の勤め廃しつべし。この託宣は十羅刹の御計らいにて檀那の功を致さしむるか。
[2]止観第八に云く、「帝釈堂の小鬼敬い避くるがごとし。道場の神大なれば妄りに侵嬈することなし。また城の主剛なれば守る者も強し。城の主恇るれば守る者忙る。心はこれ身の主なり。同名同生の天これ能く人を守護す。心固ければ則ち強し。身の神なお爾なり。いわんや道場の神をや」。弘決第八に云く、「常に人を護るといえども、必ず心固きに仮りて神の守りすなわち強し」。また云く、「身の両肩の神すら、なお常に人を護る。いわんや道場の神をや」云云。人、所生の時より二神守護す。いわゆる同生天・同名天、これを倶生神と云う。華厳経の文なり。
[3]文句の四に云く、「賊、南無仏と称して、なお天頭を得たり。いわんや賢者称せば十方の尊神あえて当らざらんや。ただ精進せよ、懈怠することなかれ」等云云。釈の意は、月氏に天を崇めて仏を用いざる国あり。しかるに寺を造り、第六天の魔王を主とす。頭は金をもつてす。大賊、年来これを盗まんとして得ず。有時仏前に詣で物を盗んで法を聴く。仏説きて云く、「南無とは驚覚の義なり」。盗人これを聞いて南無仏と称して天頭を得たり。これを糾明する処、盗人、上のごとくこれを申す。一国、皆天を捨て仏に帰せり云云。彼をもつてこれを推するに、たとい科ある者も三宝を信ぜば大難を脱れんか。
[4]しかるに今示し給える託宣の状は兼ねてこれを知る。これを案ずるに、難を却つて福来る先兆のみ。妙法蓮華経の妙の一字は竜樹菩薩の大論に釈して云く、「能く毒を変じて薬となすと」云云。天台大師云く、「今経に記を得る、すなわちこれ毒を変じて薬となすなりと」云云。災い来るも変じて幸いとならん。いかにいわんや十羅刹、これを兼ぬるをや。薪の火を熾んにし、風の求羅を益すとはこれなり。言は紙上に尽し難し。心をもつてこれを量れ。恐々謹言。
[5]<日>十二月十三日日>
[6]<人>日 蓮<花押>花押花押>人>
[7]<先>御返事先>
現代語訳
道場神守護事
建治二年(一二七六)一二月一三日、五五歳、於身延、富木常忍宛、原漢文、定一二七四—一二七五頁。
[1]銭五貫文、たしかにお送りいただき、ありがたく頂戴いたしました。すでにご存知の通り、この身延は人里を離れた深山であります。衣食が乏しくては読経の声も途切れ、法門の談義も怠りがちになりかねません。きっとこれは法華経の守護神である十羅刹女が託宣して供養させ、檀那をして布施の功徳を積ませているのでありましょう。
[2]摩訶止観第八巻に、「帝釈天の御堂では魔鬼が怖れをなして敬い避けるように、道場神が偉大ならば悪鬼がみだりに侵すことはできない。また城主が剛毅ならば守兵も強く、城主が怖ければ守兵も臆病になる。心は身体の主であって、同名・同生の二天が常に人を守護している。心が堅固であれば守りも強い。身体の神ですらそうである。まして道場神はなおさらである」とあります。これを解釈して摩訶止観輔行伝弘決第八巻には、「同名・同生の二天は常に人を護っているが、その人の心が堅固であれば、同時に神の守護も強いのである」といい、また、「人の両肩に住まう神でさえ身体を守るのであるから、まして道場神はなおさらである」とあります。人は生まれた時から同生天・同名天の二神が守護しており、これを倶生神という。これは華厳経の文です。
[3]法華文句第四巻には、「盗賊が南無仏と称えてさえ金の頭を得たのであるから、まして賢者が称えたら十方の尊神が利益しないはずはない。ただ精進せよ、怠けてはならない」と記されております。この釈の意は、昔インドに天の神を崇めて仏法を重んじない国があった。そこへ寺が建立され、第六天の魔王が祭られた。この像の頭が黄金であったので、盗賊が久しくこれを狙っていたが、果たせなかった。ある時、盗賊が寺に忍び込んで仏の説法を聴聞し、「南無」とは驚き覚める義であると聞いた。そこで盗賊は「南無仏」と称えると、日頃盗もうとしていた像の天頭を得た。後に糾明されるに及んで盗賊がこのことを告白したので、その一国は挙って天の神を捨てて仏に帰したということであります。かの例から推察すれば、たとえ罪のある者でも、仏法を信ずれば大難を脱れるでありましょうか。
[4]ところで今、十羅刹女の託宣を記されたお手紙の趣旨は、かねがね存じております。これを察するに、これは災難を退けて幸福の来る前兆でありましょう。妙法蓮華経の「妙」の一字について、竜樹菩薩の大智度論には「毒を変じて薬となすことができる」と説かれ、天台大師も「二乗が法華経で成仏を許されたのは、毒を変じて薬としたものである」と釈されております。ですから災難が来ても、それが変じて幸福となるに違いありません。ましてや十羅刹女の守護があるのですから、たとえば薪が火を盛んにし、風が吹いて迦羅求羅という虫が増えるように、幸福が盛んになることでしょう。くわしいことは手紙には尽くせません。心をもってご推量ください。つつしんで申し述べました。
[5]<日>十二月十三日日>
[6]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[7]<先>御返事先>