妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

問注得意鈔

全集 第6巻 2段 定本: #66(定本の該当ページへ)

書下し

問注得意鈔もんちゆうとくいしよう


[1]「<先>土木入道殿     <人>日蓮
[2]今日こんにちあわ御問注ごもんちゆうよし承り候。各々おのおの御所念のごとくならば、三千年に一度花さきこのみなる優曇華うどんげえるの身か。西王母せいおうぼそのの桃、九千年に三度これを得る東方朔とうぼうさくが心か。一期いちごの幸い何事かこれにしかん。御成敗*ごせいばいの甲乙はしばらくこれを置く。つてうつねん開発かいほつせんか。
[3]ただし兼日けんじつ御存知ありといえども、駿馬しゆんめにもむちうつのことわりこれあり。今日御出仕、こうていに望んでの後は、たとい知音ちいんたりといえども傍輩ほうばいに向つて雑言ざつげんとどめらるべし。両方召し合せの時、御奉行人訴陳ごぶぎようにんそちんの状これを読むのきざみ、何事につけても御奉行人御尋おたずねなからんの外、一言をも出すべからざるか。たとい敵人等悪口てきにんらあつくを吐くといえども、各々当身とうしんこと一二度いちにどまでは聞かざるがごとくすべし。三度に及ぶの時、顔貌げんみようを変ぜず麁言そごんいださず、なんごをもつて申すべし。各々は一処いつしよ同輩どうはいなり。わたくしにおいてはまつた遺恨いこんなきのよし、これを申さるべきか。
[4]また御共雑人おともぞうにん等によくよく禁止を加え、喧嘩けんかいだすべからざるか。かくのごときの事、書札しよさつつくしがたし。心をもつて御斟酌ごしんしやくあるべきか。これらの嬌言きようごんいだす事、恐れを存すといえども、仏経ぶつきよう行者ぎようじやだんなと、三事相応さんじそうおうして一事をじようぜんがため、愚言ぐげんいだところなり。恐恐謹言。
[5]<日>五月九日
[6]<人>日 蓮<花押>花押
[7]<先>三人御中
現代語訳

問注得意鈔


文永六年(一二六九)五月九日、四八歳、於下、富木常忍を代表とする三人宛。原漢文、定四三九頁。

[1]「<先>土木入道殿     <人>日蓮」(書状の上封に書かれた宛書)
[2]今日、双方が問注所(裁判所)に呼び出しがあって、法義のお取り調べがあると承りました。私をはじめ貴殿方の日頃のおのぞみの通りとなれば、三千年に一度花が咲いて菓を結ぶという優曇華に会えたともいえましょうか。また、九千年に三度しか実らず、不死の仙薬とされる西王母の薗の桃を、東方朔という人が三度まで手にしたときの心もちとでもいいましょうか。一生の間で、これほどの幸いはまたとありますまい。問注による裁決の是非についてはともかくとして、貴殿たちの日頃からの心のわだかまりが晴れることでありましょう。
[3]ただし、かねてよりご存じのこととは思いますが、駿馬にも鞭打つということもございますから、あえて申し上げます。今日、ご参上になり、の場(法廷)に出られた際は、たとえ親しい間がらであっても、同僚の者に向かって種々の雑談は慎まねばなりません。双方が召し合わされて、ご奉行人が訴状と陳状を読み上げますが、その時はどんなことが書かれていても、ご奉行人から尋問のない間は、一言も口を出してはいけません。また、たとえ相手方が悪口を吐いたとしても、貴殿方の身の上のことではありますが、一、二度までは聞かぬふりをしなさい。それが三度にも及ぶようであったなら、顔色を変えたり、語気を荒くしたりせず、丁寧な言葉をもって穏やかに応対しなさい。「貴殿方と私たちとは同じ主君に仕える同僚でありますから、私においては全く恨みを遺すことはありません」と言われるのがよいでしょう。
[4]また、供の者やその他下々の者たちにもくれぐれも注意して、お互いの主人の身びいきから喧嘩などを引き起こさせてはなりません。こういうことがらは、手紙では十分に述べ尽くしがたいので、どうか心をめぐらして、おくみとり下さい。このようなくどくどとしたことばを、一々あなたに申し上げるのは恐縮ですが、法華経の教えと、その行者と、その信奉者と、この三者が一体となって法華経広布の一大目的を成就するのですから、あえてこのようなことを申し述べたわけであります。つつしんで申し述べます。
[5]<日>五月九日
[6]<人>日 蓮 <花押>花押
[7]<先>三人の御中へ