問注得意鈔
書下し
問注得意鈔
[1]「<先>土木入道殿先> <人>日蓮人>」
[2]今日召し合せ御問注の由承り候。各々御所念のごとくならば、三千年に一度花さき菓なる優曇華に値えるの身か。西王母の薗の桃、九千年に三度これを得る東方朔が心か。一期の幸い何事かこれにしかん。御成敗の甲乙はしばらくこれを置く。前き立つて欝念を開発せんか。
[3]ただし兼日御存知ありといえども、駿馬にも鞭うつの理これあり。今日御出仕、公庭に望んでの後は、たとい知音たりといえども傍輩に向つて雑言を止めらるべし。両方召し合せの時、御奉行人訴陳の状これを読むの尅、何事につけても御奉行人御尋ねなからんの外、一言をも出すべからざるか。たとい敵人等悪口を吐くといえども、各々当身の事、一二度までは聞かざるがごとくすべし。三度に及ぶの時、顔貌を変ぜず麁言を出さず、耎語をもつて申すべし。各々は一処の同輩なり。私においては全く遺恨なきの由、これを申さるべきか。
[4]また御共雑人等によくよく禁止を加え、喧嘩を出すべからざるか。かくのごときの事、書札に尽しがたし。心をもつて御斟酌あるべきか。これらの嬌言を出す事、恐れを存すといえども、仏経と行者と檀那と、三事相応して一事を成ぜんがため、愚言を出す処なり。恐恐謹言。
[5]<日>五月九日日>
[6]<人>日 蓮<花押>花押花押>人>
[7]<先>三人御中先>
現代語訳
問注得意鈔
文永六年(一二六九)五月九日、四八歳、於下総、富木常忍を代表とする三人宛。原漢文、定四三九頁。
[1]「<先>土木入道殿先> <人>日蓮人>」(書状の上封に書かれた宛書)
[2]今日、双方が問注所(裁判所)に呼び出しがあって、法義のお取り調べがあると承りました。私をはじめ貴殿方の日頃のおのぞみの通りとなれば、三千年に一度花が咲いて菓を結ぶという優曇華に会えたともいえましょうか。また、九千年に三度しか実らず、不死の仙薬とされる西王母の薗の桃を、東方朔という人が三度まで手にしたときの心もちとでもいいましょうか。一生の間で、これほどの幸いはまたとありますまい。問注による裁決の是非についてはともかくとして、貴殿たちの日頃からの心のわだかまりが晴れることでありましょう。
[3]ただし、かねてよりご存じのこととは思いますが、駿馬にも鞭打つということもございますから、あえて申し上げます。今日、ご参上になり、公の場(法廷)に出られた際は、たとえ親しい間がらであっても、同僚の者に向かって種々の雑談は慎まねばなりません。双方が召し合わされて、ご奉行人が訴状と陳状を読み上げますが、その時はどんなことが書かれていても、ご奉行人から尋問のない間は、一言も口を出してはいけません。また、たとえ相手方が悪口を吐いたとしても、貴殿方の身の上のことではありますが、一、二度までは聞かぬふりをしなさい。それが三度にも及ぶようであったなら、顔色を変えたり、語気を荒くしたりせず、丁寧な言葉をもって穏やかに応対しなさい。「貴殿方と私たちとは同じ主君に仕える同僚でありますから、私においては全く恨みを遺すことはありません」と言われるのがよいでしょう。
[4]また、供の者やその他下々の者たちにもくれぐれも注意して、お互いの主人の身びいきから喧嘩などを引き起こさせてはなりません。こういうことがらは、手紙では十分に述べ尽くしがたいので、どうか心をめぐらして、おくみとり下さい。このようなくどくどとしたことばを、一々あなたに申し上げるのは恐縮ですが、法華経の教えと、その行者と、その信奉者と、この三者が一体となって法華経広布の一大目的を成就するのですから、あえてこのようなことを申し述べたわけであります。つつしんで申し述べます。
[5]<日>五月九日日>
[6]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[7]<先>三人の御中へ先>