妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

伯耆殿御返事

全集 第5巻 2段 定本: #20344(定本の該当ページへ)

書下し

伯耆殿御返事ほうきどのごへんじ


[1]〔大体この趣を以て書き上ぐべきか。ただし熱原*あつはらの百姓等安せしめば、日秀*につしゆう等別に問注もんちゆうあるべからざるか。大進房・弥藤次入道等の狼藉のことに至りては、源と行智*ぎようちの勧めに依りて殺害刃傷にんじようする所なり。もしまた起請文きしようもんに及ぶべき事、これを申さば全く書くべからず。その故は人に殺害刃傷せられたる上、重ねて起請文を書き失を守らば、古今未有の沙汰なり〕。
[2]〔その上、行智の所行、書かしむるごとくならば、身を容るる処〕なく、〔行うべきの罪方なきか。穴賢々々。この旨を存し、問注の時〕、強々つよづよと〔これを申せ。定て上聞に及ぶべきか〕。又、行智証文を立て申さば、彼等の人々行智と同意して、百姓等が田畠数十苅り取る由〔これを申せ。もしまた証文を出さば、謀書の由これを申せ。悉く証人の起請文を〕用ふべからず。ただ現証の殺害刃傷のみ。〔もしその義に背く者は、日蓮の門家にあらず。〕。恐々。
[3]弘安二年<日>十月十二日
[4]<人>日 蓮<花押>花押
[5]<先>伯耆殿
[6]<先>日秀
[7]<先>日弁*にちべん等下
現代語訳

伯耆殿御返事


弘安二年(一二七九)一〇月一二日、五八歳、於身延、伯耆房・日秀・日弁宛、和漢混交文、定一六七六—一六七七頁。

[1]おおよそ滝泉寺申状の趣旨の通りに書き上げるのがよいと思います。ただし、鎌倉に拘禁されている熱原の農民らが釈放されるならば、日秀らが別に訴状を提出して裁判する必要はないでしょう。大進房や弥藤次入道らが農民を殺害・刃傷したのは、滝泉寺院主代の行智の指示によっておこなったものです。もし、幕府からその乱暴狼藉は当方がしたという起請文を書いて提出せよという命令があっても、決して書いてはいけません。なぜなら、先方に殺害・刃傷された上、その乱暴は私どもがおこないましたというような起請文を書いて無実の罪を認めることは、古今かつてない事柄だからです。
[2]その上、行智の行為が申状に書かれているとおりならば、その身を置く所もないほどの重罪を犯していることは明らかです。したがって、このことを肝に命じ、もし裁判になったならば、これは行智の指図による殺害・刃傷であることを強調しなさい。必ず幕府の上層部の耳に入ると思います。また、行智が証人を立てたならば、その証人は行智と同意して、農民の田畑数十を苅り取った者であると主張しなさい。もしまた、行智たちが証文を出したならば、それは偽文書であると主張しなさい。すべて証人のいうことを認めたり、また起請文を書いてはいけません。ただ、彼らが当方の農民を殺害・刃傷したことのみを主張しなさい。もし、この趣旨に背くような行動をとる者は、日蓮の弟子ではありません。恐々。
[3]弘安二年<日>十月十二日
[4]<人>日 蓮 <花押>花押
[5]<先>伯耆房日興殿
[6]<先>日秀
[7]<先>日弁等へ下す。