伯耆殿御書
書下し
伯耆殿御書
[1](前欠)〔形像舎利並余経典、ただ法華経一部を置く〕と申す釈と、〔直に専らこの経を持ち則ち供養に上る〕の釈をかまうべし。余経とは小乗経と申さば、〔いわんや彼の華厳○法を以てこれを化す。故に乃至余経の一偈をも受けざれと云う〕の釈を引け。
[2]<先>はわきどのへ先>
[3]弘安二年<日>九月二十日日>
[4]<人>日 蓮人>
現代語訳
伯耆殿御書
弘安二年(一二七九)九月二〇日、五八歳、於身延、伯耆房宛、和漢混交文、定一六七一頁。
[1](前欠)木像や仏舎利や法華経以外の余経をおいて、ただ法華経一部のみを取るという解釈と、もっぱら法華経を信じ持つのが最上の供養であるという解釈をされるのがよいでしょう。そのとき、余経とは小乗経のみを指すのかといったならば、かの華厳経はただ福をもって比較したものである。法華経の教法をもって教化するのとは同じでない。ゆえに法華経に余経は一偈をも持ってはいけないとある妙楽大師の五百問論の解釈を引きなさい。
[2]<先>伯耆房日興殿へ先>
[3]弘安二年<日>九月二十日日>
[4]<人>日 蓮人>