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行敏御返事

全集 第5巻 2段 定本: #83(定本の該当ページへ)

書下し

行敏御返事ぎようびんごへんじ


[1]行敏初度*ぎようびんしよど難状なんじよう
[2]いまだ見参に入らずといえども、事のついでを以て申し承るは常の習に候か。抑風聞のごとくんば、所立の義尤も不審なり。法華の前に説ける一切の諸経は、皆これ妄語にして出離の法にあらずと〈是一〉。大小の戒律は世間を誑惑して、悪道にせしむるの法と〈是二〉。念仏は無間地獄*むけんじごくの業たりと〈是三〉。禅宗は天魔の説、もし依て行する者は悪見を増長すと〈是四〉。事もし実ならば仏法の怨敵なり。仍て対面を遂げて悪見を破らんと欲す。はたまた、その義無くんば、いかでか悪名をこうむらざらん。痛ましいかな。是非に付き委しく示し給わるべきなり。恐恐謹言。
[3]<日>七月八日
[4]<人>僧行敏在判
[5]<先>日蓮阿闍梨御房
[6]条々御不審の事、私の問答は事行ないがたく候か。しかれば上奏を経られ、仰せ下さるるの趣に随つて、是非を糾明せらるべく候か。かくのごとく仰せを蒙り候条、尤も庶機する所に候。恐恐謹言。
[7]<日>七月十三日
[8]<人>日 蓮<花押>花押*かおう
[9]<先>行敏御房御返事
現代語訳

行敏御返事


文永八年(一二七一)七月一三日、五〇歳、於鎌倉、行敏御房宛、原漢文、定四九六—四九七頁。

[1]行敏の最初の批難の状
[2]いまだお目にかかったことはありませんが、この機会にお尋ねすることを常の習いとしてお許し下さい。そもそも、世間のうわさによりますと、貴僧の主張される教義はまことに不審といわねばなりません。第一に、法華経以前に説かれたすべての経々は、ことごとく妄語で悟りを得る教えではないと主張していること。第二に、大・小乗の戒律は世間をまどわし、悪道に堕し入れる法であると主張していること。第三に、念仏は無間地獄へ堕ちる業因であると主張していること。第四に、禅宗は正法を破壊する天魔の説で、もしこれを行ずる者は誤った考えを増長するものであると主張しているということです。もしこれが事実ならば、貴僧はまさに仏法の怨敵です。よって貴僧と対面し、貴僧の誤った考えを論破したいと願う者です。あるいは、これが貴僧の考えでないとすれば、どうして悪名を受けられているのか痛ましいかぎりです。ともかく、以上の是非について詳しく回答をいただきたいと思います。恐々謹言。
[3]<日>七月八日
[4]<人>僧行敏在判
[5]<先>日蓮阿闍梨御房
[6]数条の御不審についてですが、貴僧との私的な問答は無意味ですので行なおうとは思っておりません。したがって、公式の問答を望むのであれば、幕府へ上奏の手続きをとられ、その指示にしたがってどちらが正しいか決着をつけたいと思います。私としては、そのような申し入れをしていただくことを心から待ち望んでいるところです。恐々謹言。
[7]<日>七月十三日
[8]<人>日 蓮 <花押>花押
[9]<先>行敏御房御返事