妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

論談敵対御書

全集 第5巻 2段 定本: #32(定本の該当ページへ)

書下し

論談敵対御書ろんだんてきたいごしよ


[1](前欠)論談敵対の時、二口三口に及ばず、一言二言を以て退屈たいくつせしめ了ぬ。いわゆる、善光寺道阿弥陀仏*どうあみだぶつ長安寺能安*ちようあんじのうあん等これなり。その後は、ただ悪口を加え、無知の道俗を相語らい、留難るなんをなさしむ。或は国々の地頭等に語らい、或は事を権門けんもんに寄せ、或は昼夜に私宅を打ち、或は木を加え、或は刀に及び、或は貴人に向て云く、謗法者・邪見者・悪口者・犯禁者等の誑言、その数を知らず。終に去年五月十二日戌時、念仏者並に□師・□師・雑人等(後欠)
現代語訳

論談敵対御書


弘長二年(一二六二)、四一歳、於伊豆伊東、原漢文、定二七四頁。

[1](前欠)法論対決のとき、相手に二口三口さえも発言させず、一言二言をもって論破、閉口させました。その相手とは、鎌倉浄土教の代表者である善光寺道阿弥陀仏や長安寺能安らです。法論に敗退した彼らは、その後はさらに悪口を加え、何も知らない僧尼や俗人を語らい、日蓮に迫害を加えました。すなわち、諸国の地頭や幕府の権力者に訴え、あるいは昼夜に草庵を襲撃させ、あるいは木・刀をもって日蓮を襲い、さらには地位の高い人に向かって、日蓮は正しい仏法を謗る者である、誤った考えの者である、悪口を吐く者である、禁戒を犯す者であるなどとの讒言は数えきれないほどです。そしてついに、去年の五月十二日の午後八時頃、浄土教徒や諸人ら、(後欠)