論談敵対御書
書下し
論談敵対御書
[1](前欠)論談敵対の時、二口三口に及ばず、一言二言を以て退屈せしめ了ぬ。いわゆる、善光寺道阿弥陀仏・長安寺能安等これなり。その後は、ただ悪口を加え、無知の道俗を相語らい、留難をなさしむ。或は国々の地頭等に語らい、或は事を権門に寄せ、或は昼夜に私宅を打ち、或は杖木を加え、或は刀杖に及び、或は貴人に向て云く、謗法者・邪見者・悪口者・犯禁者等の誑言、その数を知らず。終に去年五月十二日戌時、念仏者並に□師・□師・雑人等(後欠)
現代語訳
論談敵対御書
弘長二年(一二六二)、四一歳、於伊豆伊東、原漢文、定二七四頁。
[1](前欠)法論対決のとき、相手に二口三口さえも発言させず、一言二言をもって論破、閉口させました。その相手とは、鎌倉浄土教の代表者である善光寺道阿弥陀仏や長安寺能安らです。法論に敗退した彼らは、その後はさらに悪口を加え、何も知らない僧尼や俗人を語らい、日蓮に迫害を加えました。すなわち、諸国の地頭や幕府の権力者に訴え、あるいは昼夜に草庵を襲撃させ、あるいは杖木・刀杖をもって日蓮を襲い、さらには地位の高い人に向かって、日蓮は正しい仏法を謗る者である、誤った考えの者である、悪口を吐く者である、禁戒を犯す者であるなどとの讒言は数えきれないほどです。そしてついに、去年の五月十二日の午後八時頃、浄土教徒や諸人ら、(後欠)