観心本尊抄副状
書下し
観心本尊抄副状
[1]帷一つ、墨三長、筆五巻給び候いおわんぬ。
[2]観心の法門少々これを注し、太田殿・教信御房等に奉る。
[3]この事、日蓮当身の大事なり。これを秘して、無二の志を見ば、これを開祏せらるべきか。この書は難多くして答え少なし。未聞の事なれば、人の耳目これを驚動すべきか。設い他見に及ぶとも、三人四人座を並べてこれを読むこと勿れ。
[4]仏滅後二千二百二十余年、いまだこの書の心あらず。国難を顧みず、五五百歳を期してこれを演説す。
[5]乞い願わくは一見を歴るの末輩、師弟供に霊山浄土に詣でて、三仏の顔貎を拝見したてまつらん。恐恐謹言。
[6]文永十年〈太才癸酉〉<日>卯月二十六日日>
[7]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[8]<先>富 木 殿 御返事先>
現代語訳
観心本尊抄副状
文永一〇年(一二七三)、五二歳、於佐渡一谷、富木常忍宛、原漢文、定七二一頁。
[1]ひとえもの(一重もの)の着物と、墨三丁、筆五本のご供養の品々、たしかに頂戴いたしました。
[2]自己の心の究明が、南無妙法蓮華経の受持につきるとの教えについて少々これを説き明かし、太田乗明殿や曾谷教信御房らにお届けします。
[3]ここに述べたことは日蓮が命をかけた大事な法門ですから、この教えについては秘密にして、堅固な法華経の信心の人に出会った時にだけ、明らかにしてください。(末法の法門が人々の常識をはるかにこえた仏の究極の境界であるため)この書は難問ばかりが多く、答えは簡略で充分意をつくしているとはいえません。人々にとって、まだ聞いたことのない法門ですから、披見した人は耳を疑い、目もくらむばかりに驚くでありましょう。たとい他人に見せるとしても、三人・四人と座を並べて読んではなりません。
[4]釈尊が入滅されてから二千二百二十余年の間、いまだにこの書に述べ示した法門が説き顕わされたことはありません。国主によって流罪の難にあっている身ではありますが、そのような迫害をもかえりみることなく、末法の今の時代こそ仏の真実の法である南無妙法蓮華経の教えが広く弘まるべき正しい時であるゆえに、これを説き示したのです。
[5]どうか、この書を一覧しおわった日蓮の門下は、日蓮とともに法華経が永遠に説かれる霊山浄土に詣で、かならずや釈迦仏・多宝仏・十方分身仏の三仏のお姿にまのあたりにお目にかかる悦びをかみしめましょう。恐恐謹言。
[6]文永十年〈太才癸酉〉<日>四月二十六日日>
[7]<人>日 蓮 <花押>花押花押>人>
[8]<先>富 木 殿先> 御返事