当体蓮華鈔
39 当体蓮華鈔
問云妙法二字は何事を説給耶。答云妙者十界衆生心法さして妙と云也。天台云所言妙者妙名不可思議[云云]。又云不可以有無思度故名心為妙[云云]。此釈分明に諸法の心法を妙とは云也。此妙心かりそめにも具するものは三千具足するなり。止観五云介爾有心即具三千[云云]。若然妙文字は外の事にはあらず、我等心法也、全他に求る事なかれ。如此覚悟して妙を持つを法華の持者とは云也。八歳龍女も妙一字の変作也。又此龍女提婆達多とも変ずるなり。変成男子とは龍女又提婆とも変ずと云経文也。提婆又龍女とも変ずる也。其証文を習ふ時、提婆の二字是也。当世天台宗の相承大事とするも是也。さてこそ煩悩即菩提・生死即涅槃と習ふは此故也。妙一字提婆・龍女と変ずるなり、不可思議とも是を云也。妙字にをいて八点あり。此八点八歳也。八年の説法華也、八分の肉團也。此八点八歳龍女とも顕れたるなり[云云]。
次法一字十界也、色法也。天台云所言法者十界十如権実之法也[云云]。此法文字我等が色法なり。妙法二字が我等が色心二法なりと悟る処を成仏と云也。龍女は色法の成仏なれば即身成仏也。提婆は心法の成仏なれば即身成仏なり。さて色心不二なるを妙法とは云也。此より外は別の事なし。提婆・龍女二人の成仏と云は我等が色心二法の成仏と云事也。煩悩即菩提は心の成仏の事なり、生死即涅槃は色の成仏の事なり。此旨能能案ずべし。日蓮が弘通する法門は此事を直かきあらはせるなり。事の一念三千とは是なり。我等が胸中にをけば理一念三千、あらはせば事一念三千なり。妙法二字又事理一念三千にして法体法爾ふるまひなり。妙法二字の法門、詮をとりて如此先妙法二字を釈しき。
今蓮華いはれを釈すべし。蓮華に法蓮華、譬蓮華と云事あり。今は当体蓮華を釈すべし。譬蓮華と云は、泥中より生じたる蓮華の泥に染ざるが如く、我等が本性清浄の蓮華の泥水そまずして、倶体倶用の諸尊を具足したる事を譬へたり。当体蓮華とは一切衆生の胸の内に八分の肉團あり、白くして清し。大小麁細をえらばず。螻蟻蚊虻つたなき者までも生を受たるものは、皆悉此八葉の蓮華胸の内をさまれり。其東の葉には阿閦仏、南の葉には宝性仏、西の葉には無量寿仏、北の葉には不空成就仏住し給へり。辰巳には普賢菩薩坐し給へり。未申には文殊、戍亥には観音、丑寅には弥勒。八葉蓮華に四仏四菩薩坐し給へり。中央の大日如来と云は八葉九尊の仏也。真実は是を仏性と云。是則妙法也。されば衆生は是法身の宮殿也。東方諸仏は阿閦一仏をさまり、西方諸仏は弥陀一仏をさまり、北方諸仏は不空成就仏をさまり、三世十方諸仏は此八葉九尊の中に皆納り給へり。されば衆生は無量諸仏を納たるいみじき塔婆也。世間の塔は衆生此理をしらぬ間、自身は慥かに諸仏の塔婆にてあるぞと教たる能詮也。是を利根の者は吾身まねたる法界の塔婆にてありけると知、是を開悟すとは云也。此胸の間なる八葉蓮華を蓮華といふ、上なる九体尊を妙法と云也。天台の事相とは如是習也。是最大秘法の法門也。
衆生心かゝるぞと説たるを法華経とは云也。法華経を説れし時、多宝の塔実に無りしを、衆生の当体は此多宝塔の如くなるぞと教へん料に仏出給へる者也。されば人を殺すはをそろしき罪也。然るに一切衆生は皆塔婆也。僅かに手内ある虫も、皆八葉九尊仏を具足せずと云事なし。此悟を開きぬれば、地獄の火炎に入も我心こそ八葉蓮華なれ、我心こそ倶体倶用の尊よとだに思へば、やがてそこにて可開悟。餓鬼道に堕て飢饉の憂に沈むとも、心の妙法蓮華を悟り、仏の塔婆とだに心えば即身成仏すべし。さる時は十界悉妙法蓮華経の形也。されば八歳龍女は如是妙法を悟りしが故に、女身の当体を不改して即身成仏せしなり。されば若有聞法者無一不成仏とて、此法華経を聞者は一人も仏ならずと云事なしと説たるは道理也。衆生は八葉九尊の塔婆にてありながら、迷ひそめたる一念の妄執の無明不晴、一旦生死煩悩にかくされてしらぬを、此法華経に汝が心は妙法蓮華経当体倶体倶用の尊、心城に住し給へるを、多宝の塔を説れしを聞てげにもと心に解りぬれば、我身の即成仏也と教へて、是しらする能詮にてこそあれとしるは我を知にてあるなり。我を知事は又知識よる。されば縦ひ不読法華経鎮へに此観解だに不止法華の行人也。此理をしらねども功徳なる。まして一切衆生の心八葉九尊の仏収り給へる妙法蓮華を心えて、鎮へに観ずればねてもさめても法華経の行人にて、夜も昼も仏に伴はずと云事なし。此法門を聞て不忘信解せば即身成仏すべし。
先世の所感によりて此身を受たり。又現身をなせる業によりて来世の業果を感ぜん時も、此妙法蓮華経の心を解りだにせば、八葉九尊の仏顕れて来世の身を感じ、金剛身を得て己が心城の蓮華に住しぬべき也。されば経云還我頂礼心諸仏と云り。爰以龍女が即身成仏 成等正覚南方無垢世界にて宝蓮華に坐せしと云は、即己が心城の妙法蓮華経を解り顕して住せしなり。されば此信解だに強盛ならば、只今八葉九尊の仏宛然と顕れて光を放て法界を照し給べし。故に授決集云以我懈怠莫謂教失。龍女速疾具三十二。即一念聞経究竟三菩提。挙一例諸有識自念[云云]。縦即身成仏する事こそ観解弱くして不叶とも、来世には心城の仏争か顕れ給はざるべき。さればうちかためたる成仏也。爰以無上宝聚不求自得と説れたり。此八葉九尊は今解る時出給へる仏ならば、本来常住の仏にていませども、一端無明に隠れて見ぬにてありつるが、今知識にあふて解り顕せば、無上宝聚不求自得にてある也。故南岳大師云妙法蓮華経是大摩訶衍。衆生如教行自然成仏道[云云]。又仮使遍法界断善諸衆生一聞法華経決定成菩提[云云]。謗法・闡提・十悪・五逆の大罪の悪人なりとも、此心城の八葉九尊ありとだに信解せば、成仏無疑故自然成仏道と云り。地獄は地獄ながら倶体倶用の尊也。
平等大慧と云は十界悉妙法蓮華経の当体にて、竪には三世に亙り、横には十方に遍して、高下不同なく、大小麁細えらばず平等大慧の法華と申也。一乗法とは如是説たるを無二亦無三の一乗法とは申也。あわれ殊勝の法門哉。男ばかりの胸の間に八葉九尊住し給へると説かば、女は女身を受たる事をなげくべし。上臈計の心城に備はり給と説かば、下臈の身はうらやむべし。経は平等大慧の御経なれば漏べき様なし、法は一乗なれば又疑ふべきにあらず。是程に仏に成やすき法なる間、四十余年が程仏も秘蔵して説給はぬ大事の法を、輙く説ん事はをそろしき事也。況我心は仏の塔婆なりけりと信解する功徳百千の堂塔を造立する功徳も及べからず。時に衆生の悪を造るは尤僻事也[云云]。妙法蓮華経の体ならずと云ことなし。されば此解をだに達ぬれば、自然と慈悲あるなり。座を退て人をすへたるに功徳多し。況自身の迷転じて心城自ら五仏四菩薩住処なりと、知り顕す功徳はきはほとりもなし。
仏譬を取給ふ、牛頭栴檀と云木は一切の木の中に名木にして第一の宝也。此木一両の価は日の朝に出て夕に入まで照し給四天下の一界あたる也。木の能には一切の宝を願ふに随てふりわく如意宝珠の如くなり。寒ずる時此木ををけば煖かに、熱する時は冷かなり、病ある者は忽にいへ、貧窮なる者は富貴自在也。是程の宝の木を以て堂を三十二造立て、高さ八多羅樹とて三十九丈二尺なる堂の中に、百千の比丘僧を置たらん功徳は云何。それに法華経の一念信解の功徳は百千万倍を合せたらんよりも勝れたりと、法華経の六巻には説れたり。ひとしきと説たらんだにいみじかるべし、百千万倍の其一にだに及ばずと説たる憑さ申計なし。是程の大事の法にて一切衆生の直道なる間、三世諸仏も秘蔵し給へり。一大事因縁故出現於世とて此法を説ん為の所詮也。されども法華経を説給はで入滅し給へる仏のおはせしなり。云何と云に信解すべき衆生なき故也。然間釈尊も四十余年未顕真実とて、四十余年の程おしみて華厳・阿含・方等・般若の教を説給しは、機を誘へて此法華経を説給はんためなり。
抑此蓮華の所生の処を尋候へば、何なる池何なる水に開け、何なる処何なる境に生たる華とやせん。若雪山の北、香水の南み無熱池と云池に大白蓮華開け、不思議の妙華を備へたり。彼を以て妙法蓮華と号すべきなり。又法伽はら王の池に千葉の蓮開けたり。而るに人中の蓮華は十余葉、天上の蓮華は百葉、仏菩薩の蓮華は千葉也。是を以て妙法蓮華と云べき歟。又白鷺池そこに生たる蓮かとよ。昆明池呉山ふもとに尋ぬべかるらん。つらつら事の心を案ずるに、遠にも不尋遥にも不求。我等衆生の胸は池、心は水、悪業煩悩の淤泥の中に正因仏性を備る、是を指て妙法蓮華とは名るなり。夫世間の蓮華は夏開て冬不開生淤泥不生陸地。風にもまれ、浪に沈み、氷に閉られ、炎にしぼむ。但し仏性の蓮華は不然、三世無辺の花なれば春夏秋冬常葉なり、遍一切処の蓮なれば六趣三有に遍く開く。善悪不二の花なれば悪業の厚薄をも不撰、邪正一如の華なれば煩悩の淤泥にも生長す。十悪の風にももまれず、五逆の浪にも不沈、紅蓮の氷にも不閉、焦熱の炎にもしぼまず。如此仏性の蓮を我も人も奉持ながら、無明の酒に酔て身内の仏性の蓮を不知、煩悩の闇に迷て我性真如を不覚。貧女が家中の秘蔵を忘れ、龍の身内の玉を宝と覚ざるが如し。然則衆生の仏性は雲中の水、土中の金、石中の火、木中の華の如く隠れて不見といへども、仏性の蓮は衆生の身内に納れり。是則妙法蓮華の当体也[云云]。
さて経と云は一切衆生吐ところの言語皆是経也。天台云声為仏事称之為経。法華経云常住此説法[云云]。人畜のさへづるまでも説法也。これより外の経はなきなり。地獄の罪人のさけぶこゑ、餓鬼飢饉のかなしきこゑ、是皆本有自受用身の説法也。ただし経をいては大小権実等の経是多。法華より外の経は法華経の経の一字の眷属なり。已上法華経の当体かくのごとし。又五重玄義の事伝教天台の釈分明也。伝教大師修禅寺相伝日記とて四帖あるなり。其中に五重玄義を委く釈し給へり。日蓮又別に記す。其くはしく見るべし。伝教大師四帖の書習ふべし。先に御存知たりといへども別して書出しまいらせ候。蓮華の沙汰彼を見給ふべし。蓮にをいて十八円満等の法門天台宗の奥義也。如御相伝[云云]。恐恐。
弘安三年八月一日 日蓮[花押]
弘安三年八月一日 日蓮[花押]