妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

問答鈔

第三巻 定本番号 3 建長6(1254) 分類: その他

祖寿: 33 著作地: 遊学中 

    8   問答鈔
問云日蓮聖人の御義は何様に立られて候ぞや。答云惣じて法華已前の諸経を読み持つ人は無間地獄に堕と申す。別しては念仏無間獄。真言は亡国。禅は天魔の法門也。凡天台宗の外は皆魔の眷属なり云云。
問云何なる故に念仏は無間におち、真言は亡国、禅は天魔の法門なるや。答皆ともに地獄に堕れども、ことに念仏は穢土を厭ひ浄土をねがふ道なり。真言は人の祈をむねとす。しかれども弥祈にはならずして、国にけかち(飢渇)疫病等の七難おこるは真言を用る故也。禅を天魔の眷属と申すは、涅槃経の二云釈迦仏の滅後弥勒出世し玉はざらん中間に、我身仏と云もの、仏経を用ざらんもの有べし。此等は皆魔なり。然るに今の禅宗教外別伝といひて経文によらず、豈に魔にあらずや。
問云念仏無間獄とは何なる経に見えたるぞや。答云念仏往生とは何れの経に見えて候ぞや。答云浄土の三部経に説て候なり。問云三部経は法華より前歟、後歟。若前に説て候はば、法華経の方便にて未顕真実の経にてそら事にて候なり。問云未顕真実とこそ候なれ。無間とは見え候はず。答云若人不信毀謗此経則断一切世間仏種。無二亦無三除仏方便説。乃至不受余経一偈と説て候。又正直捨方便未顕真実。此等の旨を信ぜぬを其人命終入阿鼻獄と説て無間地獄に入べしと分明に見え候なり。
問云浄土の三部経は法華より先に説て候とは何れの文に見えて候ぞや。答云凡諸経の中に法華経は仏最後に説せ給ふ。其後涅槃に入せ給ふとて、一日一夜に説て候涅槃経より外の余経なしと申す事は、諸宗に定たる教相也。さりながら此間をしらずして猶三部経さきと候文を尋ねば、観経に云阿闍世太子を法華にては阿闍世王と云へり。王と太子とは何れが先にて候ぞや。問云法華経はゆゆしき御経にて精進の人こそ読持ちまいらすべく候へ。我等が身にてなに様に持ち候べきや。答云清浄にて持つべくば念仏をすてさせ給へ。其故は善導和尚はねぶりせずして三十年、女人を見ずして一期生、酒肉五辛を手にも取ずとこそおしへ給て候ひぬれ。此旨は念仏こそ我等が機には叶ひ候はね。況や法華経何れの文に清浄にて持てとは見えて候ぞや。其上法華経の心を知ずして仏になり候まじくば、念仏をすてさせ給へ。其故は三部経と善導の釈とに往生すべしとは何に見え候ぞや。三部経の心を知ずして往生すべしと云事、ゆめゆめ経文にも釈にも見え候はず。
問云法華経に即往安楽世界と説て候へば、往生ありとこそ見えて候へ。答云此文は如説此経をよまん人は、生十方仏前と申して浄土へ生るるなり。然れば如説よみては安楽世界へも往生すべしとこそ見えて候へ。さ候へばこそ、念仏無間獄と申こそ如説法華経をよみ奉るにては候へ。問云法華経を持てば何れの浄土へ参るべきや。答云法華経に生十方仏前と説れて候。十方の仏前へ心のままにまいるべしと見えて候なり。問云現に西に向て端坐合掌して往生し候を、いかにそら事とは候ぞや。答云居して死るを往生と申し候はば、など善導和尚は柳にのぼりて頸をくくりて自害をばして候ぞや。木にのぼりて死るは魔の類とこそ説て候へ。
問云是程にいみじき法華経に見えて候はば、など上古の智者聖人は此義を根本とせられ候はぬやらん。答云昔の人の申さぬ事御不審候はば念仏を捨させ給へ。念仏申す人は唐土三百六十箇国に只善導一人なり。日本国六十六箇国、四十九億九万四千八百二十八人の中に法然一人ばかり念仏を申し候なり。今各各は見まね、聞まねにこそ申させ給へ。法華を弘る人人は唐土には陳王・隋王、我朝には聖徳太子・桓武天皇・伝教大師都て数を知ず候なり。問云念仏は、人ごとに申し候。法華経は、など持つ人はすくなく候ぞや。さ候へば多くの人の申す事に付べく候なり。答云涅槃経には法華経を持ん人は爪の上の土の如し。たもたざらん人は十方の土の如し。法華の四云須弥をつぶてにうち、梵天にのぼりあそび、三千大千世界をまりの如くけ、如此する事ありとも、一人も法華経を真に持つ人は有べからずと説せ給へり。其故は持つ人は必ず仏になるが故なり。衆生の業深くして生死を出がたきが故なり。たまたま持つ人あれば諸の魔縁障りをなす。爰を以て天台大師のたまはく、三障四魔紛然として競ひ起る。おそるべからず、したがふべからず。したがへば人をして悪道におとす。是を畏るれば、法華経を持つ事をさまたぐと見え候。さ候へば人のたもたぬはことはりなり。
問云法華宗の人人の真の御義にて候はば、仏神三宝の御意にもたがはず、人も信じ悦ぶべきに、などか難にあひ、人ににくまれ給ふぞや。答云釈迦仏、摩耶夫人の御腹にやどらせ給しかば、生れ給はぬさきに腹の内にして失ひ奉らんとし、生れさせ給ひ候へば、諸の魔縁外道集りて毒を薬と申してやうやうにたばかり、十九にして王宮を出させ給ふ程に、其間に様様に失ひ奉んとたばかり、仏にならせ給て後、提婆うちころし奉んとて大石を投て御足より血を出しぬ。阿闍世は八疋の悪象を放しかけ、とかくして八十にて涅槃に入せ給ひしかば、諸の外道天魔悦びし。これは難ありとて僻事の人歟。何況や如来現在猶多怨嫉況滅度後と申して仏の滅後にはかたきあるべしと説給へり。さ候へば目連尊者は竹杖外道に殺され、師子尊者は檀弥羅王にくびをきられ、賓国の大王のつるぎは臂とともにおちて其血は乳のごとし。法道三蔵はかなやきをさし、竺道生は蘇山にながされ、不軽菩薩はうたれ、はられ給ふが如し。此人人はにくまれ難あればとて僻事の人と申べき歟。
問云凡諸経は皆人の機にしたがひて説て候。何ぞ機にしたがひて持ち候はんものは地獄に堕候ぞや。答云機にしたがひて説置給ひて候へばこそ、地獄に堕るとは申し候へ。其故は三世了達の御智恵いみじくして、一切衆生の心のうち過去の善悪の因果をしろしめすこと、掌をみるがごとし。然れば水の器に随ひ、いくさの旗にまかせ、親がをさなきものの心に随ふが如し。人・天の為には五戒・十善を持たせ、声聞・縁覚には四諦・十二因縁の乗乗を説、菩薩の為には種種の大・小の法門を説給ふは、かり(仮)に利益あるに似たり。たまたま真に益あるは、皆昔の法華経をききしものなり。果熟しておちやすきが如し。かくの如きの事をば機に随ひて説給ふ。一切衆生の為には法華経を付嘱し給ふなり。我法華経の為に世に出たりと仏のたまはく、余経は方便なり、未顕真実なりと説れて候なり。然れば機に随ひて候へばこそ、我等が機は余経はかなはずして地獄に堕るなり。法華経をたもたざるが故に、無間地獄は無疑者也。
問云真言亡国とは何なる故にて候ぞや。答云凡真言と申し候は、ことに人の祈を旨とす。其故はかれたる木草なれども、真言をもつていのれば花さきみなる。人の病もくすり無れども祈れば即やむ。況やちあいと申す法、あしき者をいのりころして其人をば仏になすと申す法也。如此大事の妙法これなり。此故に真言を以て上一人より始て、下万民に至るまでいのり、きたうとあがめられしを、国をからすと申すはよくよく大事なり。凡真言と申すは、源と大日経等の経経より出たり。彼教は方等部の経にして法華経の方便也。然るを天竺に善無畏三蔵と申せし人、彼経を以て唐土に渡して法華経と同事なりとのたまひしかば、国王・万民等申せしは、如此失によつて善無畏三蔵俄に死し給ぬ。真言いみじくば軈て仏にこそ成給ふべきに、さはなくして、鉄のつなを七すぢつきて閻魔王のもとに引すへられ給ひたり。其時やうやうに真言を唱へ給へども、弥つなつまり其しるしなし。然して法華経の今此三界皆是我有と云文を唱へ給へり。其時閻魔王申さく、釈迦仏の御弟子也、おそろしとていそぎ縄をとき許されぬ。然るを日本の弘法大師と申せし人、真言を弘め、あまりの事に真言は法華経天台宗には、三重のまさりと立て給へば、国王は民の為には従者なりと云が如し。おそろしき大謗法なり。
其時やうやうのそら事どもを作り出して、嵯峨天皇東寺・西寺を都に立、紀伊国に高野山と申す寺を立なんどして、伝教大師の御弟子慈覚・智証と申す二人の大師、弘法の弟子と成給ぬ。弥真言弘りて今四百年、真言ならぬ寺なく、真言宗ならぬ法師なし。然るに是程いみじき法日本国に弘まりたらば、国は弥よかるべきに、さはなくして祈にしたがひて弥けかち(飢渇)疫病三災七難起る。是偏へに三界の主、一切衆生の親師にてわたらせ給ふ仏を、大日如来の牛飼なり、はきものとりなんどと、大謗不信朝敵悪逆の失によつて国亡るに非ずや。猶たしかの証拠を出さば、承久には人王八十二代後鳥羽の法皇と申せし国王、関東権大夫殿義時をうたんとて、天台座主を始として三百余人、東寺・御室・仁和寺・七大寺・十五大寺有験の高僧たち、承久三年正月十九日よりはじめて六月まで、炎天にあせを流して唯今事を切んと祈りき。おびたゞしとも申す計なし。本尊は不動明王・五大力・四天王・金剛童子・愛染王・如意輪なんど申せし。かたじけなくも、国王御檀那として山寺・御室なんどの高僧、是等の法を行はれき。殊に六月八日より御室は大極殿にして行はれき。然るに七月と申せしに、六月十四日関東の武士ども宇治・勢多より都に入て、三院を取りたてまつり、隠岐の国、阿波の国、佐渡の国へながし奉り、かたじけなくも公卿七人は頸きられ給き。御室秘蔵の児をとり出して頸をきりぬ。百王を護らんとこそ御誓はふかかりし天照太神・正八幡も叶はせ給はず。大謗法の失なれば百王未窮、八十二代にして遂に亡び給ひぬ。是豈真言の国を亡し給ふに非ずや。唯鼠の猫を取、雉の鷹をねらふが如し。
問云四十二年は方便を説、後八ケ年は法華経を説せ給ふと申す証文は何れに見えて候ぞや。答云大論云十九出家三十成仏と[云云]。涅槃経云八十入滅。三十より八十までは五十年なり。然るに法界性論云仏年七十二歳説法華経[云云]。是たしかなる証文也。問云華厳・阿含・方等・般若・法華・涅槃と何れに見えたるぞや。答云無量義経云次説方等十二部経摩訶般若華厳海空と[云云]。是等法華已前の経とみえたり[云云]。
問云弘法大師・智証大師・慈覚大師・善導和尚・法然上人等は皆僻事候歟。答云依法不依人と説れたり。此等の人人豈仏にまさらんや。弘法大師の如くならば法華経は戯論の法と候なり。法然上人は法華をばすてよと候なり。法華経には無間地獄は疑なしと云云。問云弘法大師は真言を行給て有験新たなり。然れば唐土より三鈷を投給へば紀伊国高野山にとどまる。又まのあたり大日如来と現じ給へり。其上生ながら高野山に篭りて、当来五十六億七千万歳をすぎて弥勒の出世をまたせ給ふ。豈僻事の人ならんや。又善導和尚は念仏を申し給しかば、口より仏出で、常は和尚と御物語あるなり。是僻事の人々歟。答云左様に神通あらたにましますこそ弥ふびんの事にて候へ。其故は、天竺に外道仙人なんどは種々の神通どもあらたなり。所謂天地をくつがへし、日月をとらへ、山をくづし、海をかわかし、恒河を十二年耳にたたへなんどしき。況や拘留外道は石と成て数年人をたぶらかし、尼子外道は塔と現じて八百年人をうばふ。此等の人をば貴しと申すべき歟。況や涅槃経に諸の魔縁、実の法を障らん為に光を放て身を現じ、仏のすがたとなりて法を失ふべしと説れて候。況や凡夫の身として忽ちに大日如来と現じ、種々の神通を現ずる事、あに魔類にあらずや。
問云法華宗いみじき宗にて余宗の義あしく候はば、など本よりただ天台宗ばかり有て、余宗をば皆々破り失はれ候はざらんや。答云此事昔を知ずして今を疑ひ、源を忘れて流に迷へり。凡唐土・日本・天竺皆権教を破して実教を立て、余宗を破して天台法華宗の一宗をひろめたり。今は古の事、人しらず粗申すべし。天竺にしては釈迦仏、先諸の外道の法を破て後に小乗を説給へり。其後亦権大乗を説て先小乗をやぶり給き。如此展転して深に入、小を除き大を教へ、やうやうに教へて後に法華経を仏の本意と説て、一切衆生の得道を顕し給ひぬ。是豈諸の法を破て但法華経を立給へるにあらずや。然に仏法は正法一千年は天竺に留て唐土へ渡らず。一千十五年と申せしに、始て摩騰法蘭と申せし聖人仏法を唐土へ渡し給ひき。先孔子・老子等の法をやぶりて仏法を弘め給ひて後に、うちつづきうちつづき、我も我もと天竺より経論を渡しき。惣じて六百余年が間、経論を渡せし人一百八十七人なり。其程は唯仰いで仏法を信じていまだ法の権・実・小・大をわきまへず。渡る諸の経論七千三百七十余巻なり。是を開き、思思に我も我もまさらん仏法を得たりと申して、いづれまされりとしる事なし。
其後仏法渡て五百年と申せしに、天台大師出世し給ひて一代聖教をひらきさとり、さきのもろもろの人々の義をやぶり、経論の違目を取調べ、仏の説せ給ひし如く一一に次第を取給ふに、但天竺の釈迦仏、唐土に出世せさせ給ふが如し。然るに陳王・隋王是を崇め貴び、諸宗を破て但天台大師の法華宗を立給しなり。其後日本国人王三十代欽明天皇の御時、始て我国へ仏法を渡す。其後は亦うちつづきうちつづき経論聖教渡る。思思心心に我も我も仏法を得たりと申せしかども、智者としることなし。其後人王五十代桓武天皇と申して、奈良の京を今のたいらの京に移し、京の東に比叡山と申す天台宗を立て、西山たかを寺と申す所にて、前の二百六十年が間の学匠の義を責、六宗の学匠三百人に召合せられて仏法を糺し給ひき。三百人一一にまけて起請をかきて伝教大師にまいらせたり。其状に云く、而今悉く妙円の船に乗て早く彼きしにいたるべしとぞかきてまいらせたる。其比は一向に六宗はやぶれて偏へに法華宗ばかりなりしを、弘法大師・法然房なんどと申せし天魔外道出来して念仏・真言を弘めて、一切衆生をかどひとりて無間の獄へ渡しき。斯等の心をこそ、天竺・震旦・日本国三国には一向法華宗計なりとかきをきては候へ。
問云弘法大師等の諸の真言宗、善導・法然等の念仏宗の祖師、其外三論・法相・華厳・禅宗等の諸の智者・聖人たちだにも誤りましまし候はず。此等の聖人は皆上代いみじき人ぞかし。今末代の我等仰でこそ信じ候へ。いかにとしてかこれらの人々をば無間地獄と申し候はん、最もはばかり候べし如何。答云我等が如き末代のつたなき身にて候へばこそ、仰で信じ候へ。尤も経にたしかに合候はん智者の御義を信じて、ひが事の人の申さんにはつくまじく候。其故は仏此等の事をしろしめして兼て説てのたまはく、我法をば我弟子の悪比丘失ふべし。譬へば師子の虫となりて自らみをくらふが如し。余の虫はくらはず、又涅槃経にのたまはく、依法不依人、依義不依語。又我は是法師、我是禅師、我是律師となのりて我積あつめたる法門をやぶるべしと説れたり。みちをばみちの失ふとはこれがこころなりと[云云]。   日蓮