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諸願成就鈔五波羅密抄

第三巻 定本番号 3 建長1(1249) 分類: その他

祖寿: 28 著作地: 遊学中 

    5   諸願成就鈔
第一昔釈迦菩薩いまだ凡夫なりし時、尸毘王として檀波羅蜜を行じ給し時、深く衆生をあはれみ給事父母の子を思ふ如く、衆生に万法を施こし、其心清浄にして一塵も惜む心なし。爰に帝釈、其性を試みんが為に、毘首羯磨天を相語て互に変化す。羯磨天は鳩と成て王の懐ににげいる。帝釈は鷹と成て尸毘王の前に飛下り、鷹王に奏して言さく、今日の食たる一の鳩を追にがす。王の懐の内にかくし入たり。返し給はらんと。王答て曰く、我一切衆生をあはれむ。於衆生無偏頗以慈悲為先、以檀度為行檀戒の行を志し、生ある者を殺さず、敢て与へじと。鷹重て言く、我は衆生にあらずや。今日食は定れる者也。既に自らの食を奪れて飢ん事いかがせん。慈悲平等の勤行ならば、王争か我が飢をも憐れみ給はざらんや。爾時に尸毘王誠に慈悲深して鳩の命をも相助け、鷹の飢をも息んと、自股の肉を切割て以て鷹にあたふ。鷹重て言く、王の股の肉僅に最小也。鳩の分にあたはず。同くは等分に与へ給へと。爾時に尸毘王秤を以て重し、鳩と肉とを懸合するに、不思議に鳩は猶重く、肉は殊に軽し。又左右の股の肉を加ふ。猶鳩の分量に不及。又肘の肉を切そふ、猶以て不及。又背の肉を切懸るに猶以て其分にあたはず。総じて一身の肉を切加るに、肉軽して鳩の分量にあたはず。其時鷹、尸毘王を責て言く、御身の肉既に尽れども終に鳩の分量にあたはず。今は只本の鳩を返し給らんと。
王答て曰、我既に立所に死すとも鳩を返すべからず。自の一身を与へて以て秤にかけられんとし給ふに、筋たえ力尽はてゝ、倒まにまろび地にふしぬ。時に王自ら身を責て言く、今我此苦みかろくして一塵よりも少なし。将来餓鬼道の苦患は、無量百千万億にして須弥山よりも多からん。何ぞ此身をあながちに痛み惜まんやと。倒れふしては起上り、ころび倒れては又秤にとりつく。其心塵計りも終に悔る思なし。其時大地大きに震動し、天より種種の花雨て諸天忽に影向し、檀施の功徳を讃歎す。鷹は本の帝釈となり、鳩は毘首羯磨と顕はる。帝釈問て言く、今此疵苦しく後悔多きや否と。王答て云く、更に悔る心なし。都て苦しみ痛む思なし。帝釈又云、其証拠未顕豈信ずることを得べけんや。王又答云、若是虚妄の説ならば、我身の疵愈る義なからん。若実の誓ならば是即平愈せんと。此誓を致す時王の疵忽に平復し、速かに本身の如く成給。是を釈迦菩薩の昔の檀波羅蜜とは云也。
第二昔国王あり。須陀摩王と名く。又は普明王と云。戒波羅蜜の故に敢て一生妄語せず。或時城の外に遊覧の為、車に乗て門を出るに、乞食の沙門出来て普明に奏して云、我飢渇に責られて命奪はれ助かるべからず。施戒平等の大王、悲田の我に施し給へ。王直に言く、我既に宮を出づ。帰て汝に施行せんと告畢て出給ふ。遥なる園林に心を楽て遊戯するに、鹿足王空より飛来、普明王を直に召取、七重の篭にをしこめ、本より召取処の九百九十九の王の中にこめをく。既に一千人に満足しぬ。皆一度に召出し首切らんとす。中に普明一人殊に悲歎し涙を流す事如雨。鹿足対普明曰、汝刹利姓の者也。何ぞ愚かにひとり命を惜んや。普明答曰、全く我命を惜まず、只偏に戒門を守るなりとて、具さに宣上事、尸羅波羅蜜を修行して生れてより以来敢て一言も妄語せず。然るに今日城を出る時、一人の沙門に対して帰て汝に施行せんと告畢ぬ。今不慮にとらはれて汝が為に死されなん。我徒らに命を没して、施願を満ぜざらん事を悔ゆ。全く命を惜む事なし、只虚妄の罪を歎くなり。鹿足王是を感悦して、汝実に然らば今七日の暇を免すべしと。普明大に悦て再び王宮に立帰て、百千万億人を催して乞食の沙門を集めて、自ら宝蔵を開き七宝を施行す。檀波羅蜜の志し無懈。其後太子に国を譲り位を与へて、七日畢て既に鹿足の処へ趣く。
爰に太子婦人を初て諸臣万民に至まで、悲歎の余り袂に取すがり、面面に涙を流して奏して曰、我等兼てしらずして前に君を奪はれぬ。天命未尽、今又此に還りまします。官軍を一処に集め置き城をふせぎ、我等命を軽んじて王を守護し奉らんに、何の恐れかあるべき。哀れ願くは大王安穏に住しましませと。爾時に普明の云、我正直の誓戒正しき故に、既に七日の寿命を延得て又本願をも成じぬ。更に生死を恐るゝ事なし。何ぞ天慮をもかへりみずして妄語をなさんや。正直は是上天に昇る橋也。虚妄は終に三途に堕する因也とて、更に承引せずして鹿足の所に至りぬ。鹿足遥に見之大に称美讃歎す。実に汝虚妄なし。生あるものは命をおしむ、命は第一の宝也。汝は真実の善者也。我豈に汝が功に劣らんや。汝は我智識也、汝を永く免すなりと、普明の正直を随喜して鹿足邪見を改め、早く正心に住して先罪を懺悔す。普明一人を免すのみならず、本の九百九十九人の諸王をも皆悉くゆるしぬ。其時諸王大に歓喜して讃普明言く、善哉善哉普明王、一人の戒善に依て一千人を相助け、又邪見の王を改て菩提心に住せしむ。誠に我等が善友也。是より一千人の諸王、共に修行して戒波羅蜜を持ち、菩提の道を願楽す。是釈迦菩薩の尸羅波羅蜜也。
第三提波羅蜜と云は是天竺の語也。唐には云忍。昔一の仙人あり、其名を忍辱と云。独林中に処して提波羅蜜を修行す。其時の王を訶利大王と名く。邪見熾盛にして放逸に、殊に殺生を先とす。爰に夫人采女を引具して倶に彼園林に遊宴す。訶利王戯れ疲れて、暫く樹下に睡眠し給ふ。其間に夫人采女等諸共に遥かに花に遊覧し、林の奥に尋ね入るに、一の仙人の住処あり。皆彼禅室に群集す。仙人為此種種に教誡を宣ぶ。時に訶利王眠りさめて夫人采女を尋るに無し。遥かに仙人の室に尋ね入る。王大に瞋り、色を変じ、逆鱗し、抜刀馳入て則向仙人云、汝は是何者なるや。仙人答て言く、我は忍辱仙人なり。王又問云、汝は何を以て業とするや。忍波羅蜜を修行す。王又重て問く、汝欲界の煩悩を離れたるや。仙人答て云、未尽煩悩。王殊更に瞋て云、汝忍辱を修行せば一の臂を出すべし。仙人左の臂を指出す。王刀を以て切落す。又問云、汝何を行とするや。猶又答云、忍波羅蜜を行とす。王又瞋て右の臂を切落す。乃至耳・鼻・手・足を切落す。仙人手・足・耳・鼻皆被切、血地に散ずるを王見給て瞋恚慚くさめぬ。仙人王に告く、胴体猶残れり、何ぞ又不切。我今為王横に如是被切、我一念も瞋らず、又恨る心なし。願くは此結縁に依て我即成仏せん時、済度利生の初には先汝を利益せん。若我妄語を誓はば、此疵終に不愈。若真実の願ならば自然に平復せんと、誓畢ぬれば其疵如本平愈す。是又釈迦菩薩の提波羅蜜也。
第四毘梨耶波羅蜜とは是天竺の語也。唐には云精進。一切の善行を致すに須臾刹那も無懈怠、常に励心勤行精進せしむる是を勇猛精進とす。治懈怠功徳也。念力暫くも不息、是名精進。所謂火を切んに暫くもやまば、火を得ること難からん。或は水を游ぐに暫くも手足をやすめば、渡る事又難からん。昔波羅奈国に有一太子、名大施太子。宿善内にもよほし道心堅固にして、外に起慈悲、普哀衆生。常に山野・江海に出て遊んで、殺生の業を相見て弥慈悲の志深し。然るに或は人の食の為に生たる羊の血をしぼり、或は畜食の為に生たる狗の皮をはぐ。如此苦労し放逸邪見のわざあり。太子諸業人に問て言く、如此殺罪は何等の為なるや。諸業人答て言く、偏に衣食資生の為也。太子大に悲泣し、王宮に立帰り、我所持の宝を普く人民に施す。太子の宝尽て、王の宝を施さしむ。時に諸臣大にさはいで是を国王に奏聞す。其時太子止給はず。衆生の為に身をすて、龍宮城に趣く。我聞く海中に無上の宝あり、是を如意珠と名く。其用万宝を雨し、衆生の楽を満足せしむと。我彼こにて龍王に玉を請取り、衆宝をあくまで衆生に施さんと。一の神仙をかたらひ、五百余人を引卒して弘誓の船に取乗り、念力の船師に身を任せて、軽命重願、多くの時節を送り、終に龍宮の辺に至れり。
或は金沙の浜をゆき、或は銀山の峰を見る。青蓮の池の砌には青毒の霊蛇まとひ、珠の橋の本には玉龍あり。太子一人進んで守門の龍衆に礼をなし、かけはしを渡りのぼり、霊楼の辺にただずみ、善龍神に対して具に事を奏す。龍王大に驚て、誠に得通の者に非んば誰か此海城に来らんや。白女太子を請し入、委く志願を尋奉る。太子答て曰く、我は是中天竺波羅奈国の王子也。独衆生を済度せんが為に、精進波羅蜜を修行す。行力此に通じて龍宮城に到れり。願は如意宝珠を賜て普く宝を衆生に施行せんと。龍王太子の慈心を歓喜して、七日太子を留め置きもてなして、其後宝珠を奉り、龍王神力を顕はして須臾に本土に還したてまつる。太子無価の玉を得て衆宝を雨さんと誓ふ。時に大海の諸龍驚動して龍王の前に群集し、大に歎て奏聞す。如意宝珠は是龍宮第一の宝也。我等が貴宝也。三千界の中にも是に過たる宝なし。何ぞ人中に留めんやと。此宝を取んとて、諸龍人に変化して太子睡眠のひまを得て、終に如意宝珠を取返し、本の龍殿に納め奉る。太子睡さめて玉を求るに曽てなし。大に驚て則此事を覚悟し。やすからぬ事に思て太子一人大海の辺に趣き、喚て云、諸の龍神慥に聞、大諂曲の龍王也。只今玉を返さずんば、忽に大海の水を汲て龍宮をあらはになすべきなりと。
其時海神一度にさけび笑て、太子をあざけりて言く、金山は朽失とも、大海はかはかしがたし。設ひ天地を心に任すとも、誰か大海をほさん。多塵劫をふるとも、何れの時にか尽る期あるべき。若此国の海を移しては、又何れの海にか納むべき。多生曠劫を送るとも、豈乾かす事あらんやと。然れども太子尚退屈の思無して重て言く、生死海難尽、我今是を尽さん。無明煩悩難尽、我亦是を滅尽せん。無辺の衆生難度、我尚度せん。菩提の道難得、我亦終に成就せん。況や有為の海水争か尽す義なからんや。骨肉の命は尽るとも、此願力は懈らじとて、太子海のはたに立望み、蛤のからを手に持て独り大海をかへ給ふ。設此生に不尽とも、生生世世懈怠せじと。如是誓願して昼夜七日を経給へり。爾時に梵王・帝釈・自在天彼振舞を証覧し、其願力を歓喜して、いざや力を合せんとて、各下界にくだり給ふ。欲色二界の諸天も下て、太子に与力して面面に海をかえ給ふ。三十三天・四天・毘沙門天を先として、迷盧八万の底に入り、大海の潮を汲上て遠く空中になげあぐ。諸天空にて受取て大鉄囲山の外にやる。如此転転して人天倶にかえほす。大海の潮を半に減じ尽し、龍宮もあらはなり。海神龍神仰天、龍王大にさわいで忽に宝珠を取出し、再び太子に奉る。所願成就して万宝を飽まで衆生に施し給ふ。是を釈迦菩薩の昔の精進波羅蜜と云也。
第五禅波羅蜜と云は、昔座禅入定の人あり。尚闍梨仙人と名く。独り静室に入て久く禅定し、心身不動遥かに送数日。飛鳥見之株の思をなす。時に鳥の雌雄飛来て、彼の仙人の髻の中に栖をくひて、終に子をうみそだつ。其時仙人入定を出て是を思ふに、若頭をふり身を動さば、彼のかいこ(卵)地に落てくだけなん。又親鳥も来てあたためじと、如是思惟して又本の定に入り。其後鳥の子生長してつばさ生じ、四方に飛去れり。是を禅波羅蜜と申也。