上野尼御前御返事
415 上野尼御前御返事
麞牙一駄[四斗定]・あらひいも(洗芋)一俵送給て南無妙法蓮華経と唱へまいらせ候了。妙法蓮華経と申は蓮に譬られて候。天上には摩訶曼陀羅華、人間には桜の花、此等はめでたき花なれども、此等の花をば法華経の譬には仏取給事なし。一切の花の中に取分て此花を法華経に譬へさせ給事は其故候なり。或は前華後菓と申て花は前菓は後なり。或は前菓後華と申て菓は前花は後なり。或は一華多菓、或は多華一菓、或は無華有菓と品々に候へども、蓮華と申花は菓と花と同時也。一切経の功徳は先に善根を作て後に仏とは成と説。かゝる故に不定也。法華経と申は手に取ば其手やがて仏に成、口に唱ふれば其口即仏也。譬ば天月の東の山の端に出れば、其時即水に影の浮が如く、音とひびきとの同時なるが如し。故に経云若有聞法者無一不成仏[云云]。文の心は此経を持人は百人は百人ながら、千人は千人ながら、一人もかけず仏に成と申文也。
抑御消息を見候へば、尼御前の慈父故松野六郎左衛門尉入道殿の忌日と[云云]。子息多ければ孝養まちまち也。然れども必法華経に非れば謗法等[云云]。釈迦仏の金口の説云世尊法久後要当説真実と。多宝証明云 妙法蓮華経皆是真実と。十方諸仏誓云 舌相至梵天[云云]。
これよりひつじさるの方に大海をわたりて国あり、漢土と名く。彼国には或は仏を信じて神を用ぬ人もあり、或は神を信じて仏を用ぬ人もあり。或は日本国も始はさこそ候しか。然るに彼国に烏龍と申手書ありき。漢土第一の手也。例せば日本国の道風・行成等の如し。此人仏法をいみて経をかゝじと申願を立たり。此人死期来て重病をうけ、臨終にをよんで子に遺言して云、汝は我子なり。その跡絶ずして又我よりも勝れたる手跡也。たとひいかなる悪縁ありとも法華経をかくべからずと[云云]。然後五根より血の出る事泉の涌が如し。舌八にさけ、身くだけて十方にわかれぬ。然ども一類の人々も三悪道を知ざれば地獄に堕る先相ともしらず。
其子をば遺龍と申。又漢土第一の手跡也。親の跡を追て法華経を書じと云願立たり。其時大王おはします、司馬氏と名く。仏法を信じ、殊に法華経をあふぎ給しが、同は我国の中に手跡第一の者に此経を書せて持経とせんとて遺龍を召。龍申さく、父の遺言あり、是計りは免し給へと[云云]。大王父の遺言と申故に他の手跡を召て一経をうつし了。然りといへ共御心に叶給はざりしかば、又遺龍を召て言はく、汝親の遺言と申せば朕まげて経を写させず、但八巻の題目計を敕に随べしと[云云]。返返辞し申すに、王瞋て云、汝が父と云も我臣也。親の不孝を恐て題目を書ずば違敕の科ありと、敕定度々重かりしかば、不孝はさる事なれども、当座の責をのがれがたかりしかば、法華経の外題を書て王へ上げ、宅に帰て、父のはか(墓)に向て、血の涙を流して申様は、天子の責重きによて、亡父の遺言をたがへて、既に法華経の外題を書ぬ。不孝の責免れがたしと歎て、三日の間墓を離れず、食を断既に命に及ぶ。三日と申寅の時に已に絶死し畢て夢の如し。虚空を見れば天人一人おはします。帝釈を絵にかきたるが如し。無量の眷属天地に充満せり。爰に龍問て云、何なる人ぞ。答云、汝知ずや、我は是父の烏龍也。我人間にありし時、外典を執し仏法をかたきとし、殊に法華経に敵をなしまいらせし故に無間に堕つ。日日に舌をぬかるゝ事数百度、或は死し、或は生、天に仰ぎ地に伏してなげけども叶事なし。人間へ告んと思へども便りなし。汝我子として遺言なりと申せしかば、其言炎と成て身を責、剣と成て天より雨下る。
汝が不孝極り無りしかども、我遺言を違へざりし故に、自業自得果うらみがたかりし所に、金色の仏一体、無間地獄に出現して、仮使遍法界断善諸衆生一聞法華経決定成菩提[云云]。此仏無間地獄に入給しかば、大水を大火になげたるが如し。少し苦やみぬる処に、我合掌して仏に問奉て、何なる仏ぞと申せば、仏答て我は是汝が子息遺龍が只今書ところの法華経の題目六十四字の内の妙の一字也と言ふ。八巻の題目は八八六十四の仏、六十四の満月と成給へば、無間地獄の大闇即大明となりし上、無間地獄は当位即妙不改本位と申て常寂光の都と成ぬ。我及罪人とは皆蓮の上の仏と成て、只今都卒の内院へ上り参り候が、先汝に告る也と[云云]。遺龍云、我手にて書けり、争か君たすかり給べき。而も我が心よりかくに非ず、いかにいかにと申せば、父答云、汝はかなし、汝が手は我手也。汝が身は我身也。汝書し字は我が書し字也。汝心に信ぜざれども、手に書故に既にたすかりぬ。譬ば小児の火を放つに心にあらざれども物を焼が如し。法華経も亦かくの如し。存外に信を成せば必仏になる。又其義を知て謗ずる事無れ。但し在家の事なれば、いひしこと故大罪なれども懺悔しやすしと[云云]。此事を大王に申。大王の言く、我願既にしるし有とて遺龍弥朝恩を蒙り、国又こぞつて此御経を仰ぎ奉る。
然るに故五郎殿と入道殿とは尼御前の父也子也。尼御前は彼入道殿のむすめ也。今こそ入道殿は都率の内院へ参り給らめ。此由をはわきどのよみきかせまいらせさせ給候へ。事々そうそうにてくはしく申ず候。恐々謹言。 十一月十五日 日蓮 [花押] 上野尼ごぜん [御返事]