妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

慈覚大師事

第二巻 定本番号 20361 弘安3(1280) 分類: 真蹟現存(完存orほぼ完存)

祖寿: 59 対告衆: 太田 著作地: 身延 真蹟: 中山法華経寺 

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    361   慈覚大師事
鵞目三貫・絹袈裟一帖給了。法門事秋元太郎兵衛尉殿御返事少々注て候。御覧有べく候。
なによりも難受人身、難値仏法に値て候に、五尺の身に一尺の面あり。其面の中三寸の眼二あり。自一歳及六十で多の物を見る中に、悦事は法華最第一の経文なり。
あさましき事は慈覚大師の金剛頂経の頂の字を釈云所言頂者於諸大乗法中最勝無過上故以頂名之。乃至如人之身頂最為勝。乃至法華云是法住法位。今正顕説此秘密理。故云金剛頂也[云云]。又云如金剛宝中之宝此経亦爾。諸経法中最為第一三世如来髻中宝故等[云云]。此釈の心は法華最第一の経文を奪取て、金剛頂経に付のみならず、如人之身頂最為勝の釈の心は法華経の頭を切て真言経の頂とせり。此即鶴の頸を切蝦の頸に付歟。真言の蟆も死ぬ。法華経の鶴の御頸も切れぬ見候。
此こそ人身うけたる眼の不思議にては候へ。三千年に一度花開なる優曇花転輪聖王此を見る。究竟円満の仏にならざらんより外は法華経の御敵は見しらざんなり。一乗のかたき夢のごとく勘へ出て候。
慈覚大師の御はかはいづれのところに有と申事きこへず候。世間に云、御頭は出羽国立石寺に有[云云]。いかにも此事は頭と身とは別の所に有か。明雲座主は義仲に頭を切たり。天台座主を見候へば、伝教大師はさてをきまいらせ候ぬ。第一義真・第二円澄、此両人は法華経を正とし、真言を謗とせり。第三の座主慈覚大師は真言を正とし、法華経を謗とせり。其已後代々の座主は相論にて思定る事無し。第五十五並に五十七の二代は明雲大僧正座主なり。此座主は安元三年五月日、院勘を蒙て伊豆国え配流、山僧大津にて奪取。後、治承三年十一月に座主となりて源右将軍頼朝調伏せし程に、寿永二年十一月十九日義仲に打させ給。此人生ると死と二度大難に値。生の難は仏法の定例、聖賢の御繁盛の花なり。死の後恥辱は悪人・愚人・誹謗正法の人招わざはいなり。所謂大慢ばら門・須利等也。粗此を勘たるに、明雲より一向に真言座主となりて後、今三十余代一百余年が間、一向真言座主にて法華経の所領を奪るなり。
しかれば此等人々は釈迦・多宝・十方の諸仏の大怨敵、梵しやく・日月・四天・天照太神・正八幡大菩薩の御讎敵なりと見候ぞ。我弟子等此旨を存て法門を案給べし。恐々謹言。   正月二十七日  [日蓮] 花押   太田入道殿御返事