上野殿御返事
357 上野殿御返事
白米一だ(駄)をくり給了。一切の事は時による事に候か。春は花、秋は月と申事も時なり。仏も世にいでさせ給し事は法華経のためにて候しかども、四十余年はとかせ給はず。其故を経文にとかれて候には、説時未至故等と[云云]。なつあつわた(厚綿)のこそで、冬かたびらをたびて候は、うれしき事なれども、ふゆ(冬)のこそで、なつ(夏)のかたびらにはすぎず。うへて候時のこがね(金)、かつ(渇)せる時のごれう(御科)はうれしき事なれども、はん(飯)と水とにはすぎず。仏に土をまいらせて候人 仏となり、玉をまいらせて地獄へゆくと申ことこれか。
日蓮は日本国に生てわゝく(誑惑)せず、ぬすみせず、かたがたのとがなし。末代の法師にはとがうすき身なれども、文をこのむ王に武のすてられ、いろ(色)をこのむ人に正直物のにくまるゝがごとく、念仏と禅と真言と律とを信ずる代に値て法華経をひろむれば、王臣万民ににくまれて、結句は山中に候へば、天いかんが計せ給らむ。五尺のゆき(雪)ふりて本よりもかよわぬ山道ふさがり、といくる人もなし。衣もうすくてかん(寒)ふせぎがたし。食たへて命すでにをはりなんとす。
かゝるきざみ(刻)にいのちさまたげの御とぶらい、かつはよろこびかつはなげかし。一度にをもい切てうへし(餓死)なんとあん(案)じ切て候つるに、わづかのともしびにあぶら(油)を入そへられたるがごとし。あわれあわれたうとくめでたき御心かな。釈迦仏法華経定て御計候はんか。恐々謹言。 十二月廿七日 日蓮 [花押] 上野殿 [御返事]