曽谷殿御返事
339 曽谷殿御返事
焼米二俵給畢。米は少と思食候へども人の寿命を継物にて候。命をば三千大千世界にても買はぬ物にて候と仏は説せ給へり。米は命を継物也。譬ば米は油の如く、命は燈の如し。法華経は燈の如く、行者は油の如し。檀那は油の如く、行者は燈の如し。
一切の百味の中には乳味と申て牛の乳第一なり。涅槃経七云 猶如諸味中乳最為第一[云云]。乳味をせん(煎)ずれば酪味となる。酪味をせんずれば乃至醍醐味となる。醍醐味は五味の中の第一也。法門を以て五味にたとへば、儒家の三千、外道の十八大経は衆味の如し。阿含経は醍醐味なり。阿含経は乳味の如く、観経等の一切の方等部の経は酪味の如し。一切の般若経は生蘇味、華厳経は熟蘇味、無量義経と法華経と涅槃経とは醍醐の如し。又涅槃経は醍醐のごとし、法華経は五味の主の如し。妙楽大師云若論教旨法華唯以開権顕遠為教正主。独得妙名意在於此[云云]。又云故知法華為醍醐正主等[云云]。此釈は正く法華経は五味の中にはあらず。此釈の心は五味は寿命をやしなふ、寿命は五味の主也。
天台宗には二の意あり。一には華厳・方等・般若・涅槃・法華同醍醐味也。此釈の心は爾前と法華とを相似せるににたり。世間の学者等此筋のみを知て、法華経は五味の主と申法門に迷惑せるゆへに、諸宗にたぼらかさるゝ也。開未開、異なれども同く円なりと[云云]。是は迹門の心なり。諸経は五味、法華経は五味の主と申法門は本門の法門也。此法門は天台・妙楽粗書せ給候へども、分明ならざる間学者の存知すくなし。此釈に若論教旨とかゝれて候は法華経の題目を教旨とはかゝれて候。開権と申は五字の中の華の一字也。顕遠とかゝれて候は五字の中の蓮の一字也。独得妙名とかゝれて候は妙の一字也。意在於此とかゝれて候は法華経を一代の意と申は題目なりとかゝれて候ぞ。此を以て知べし。法華経の題目は一切経の神、一切経の眼目也。
大日経等の一切経をば法華経にてこそ開眼供養すべき処に、大日経等を以て一切の木画の仏を開眼し候へば、日本国の一切の寺搭の仏像等形は仏に似れども心は仏にあらず、九界の衆生の心なり。愚癡の者を智者とすること是より始れり。国のついへ(費)のみ入て祈とならず。還て仏変じて魔となり鬼となり、国主乃至万民をわづらはす是也。今法華経の行者と檀那との出来する故に、百獣の師子王をいとひ、草木の寒風をおそるゝが如し。是は且くをく。
法華経は何故ぞ諸経に勝て一切衆生の為に用る事なるぞと申に、譬ば草木は大地を母とし、虚空を父とし、甘雨を食とし、風を魂とし、日月をめのと(乳母)として生長し、華さき菓なるが如く、一切衆生は実相を大地とし、無相を虚空とし、一乗を甘雨とし、已今当第一の言を大風とし、定慧力荘厳を日月として妙覚の功徳を生長し、大慈大悲の華さかせ、安楽仏果の菓なつて、一切衆生を養ひ給ふ。一切衆生又食するによりて寿命を持。食に多数あり。土を食し、水を食し、火を食し、風を食する衆生もあり。求羅と申虫は風を食す。うぐろもちと申虫は土を食す。人の皮肉骨髄等を食する鬼神もあり、尿糞等を食する鬼神もあり、寿命を食する鬼神もあり、声を食する鬼神もあり、石を食するいを(魚)、くろがね(鉄)を食するばく(獏)もあり。地神・天神・龍神・日月・帝釈・大梵天・二乗・菩薩・仏は仏法をなめて身とし魂とし給ふ。
例せば乃往過去に輪陀王と申大王ましましき。一閻浮提の主也、賢王也。此王はなに物をか供御とし給と申せば、白馬の鳴声をきこしめて身も生長し、身心も安穏にしてよをたもち給。れいせば蝦蟆と申虫母のなく声を聞て生長するがごとし。秋のはぎ(萩)のしか(鹿)の鳴に華のさくがごとし。象牙草のいかづち(雷)の声にはら(孕)み、柘榴の石にあふてさかうるがごとし。されば此王 白馬ををほくあつめてかはせ給ふ。又此白馬は白鳥をみてなく馬なれば、をほくの白鳥をあつめ給しかば、我身の安穏なるのみならず、百官万乗もさかへ、天下も風雨時にしたがひ、他国もかうべ(頭)をかたぶけて、すねん(数年)すごし給に、まつり事のさをい(相違)にやはむべりけん。又宿業によつて果報や尽けん。千万の白鳥一時にうせしかば、又無量の白馬もなく事やみぬ。大王は白馬の声をきかざりしゆへに、華のしぼめるがごとく、月のしよく(蝕)するがごとく、御身の色かはり力よはく、六根もうもうとして、ぼれ(耄)たるがごとくありしかば、きさき(后)ももうもうしくならせ給、百官万乗もいかんがせんとなげき、天もくもり、地もふるひ、大風かんばち(旱魃)し、けかち(飢渇)、やくびやう(疫病)に人の死する事、肉はつか(塚)、骨はかはら(瓦)とみへしかば、他国よりもをそひ来れり。
此時大王いかんがせんとなげき給しほどに、せんする所は仏神にいのるにはしくべからず。此国にもとより外道をほく、国々をふさげり。又仏法という物ををほくあがめをきて国の大事とす。いづれにてもあれ、白鳥をいだして白馬をなかせん法をあがむべし。まづ外道の法にをほせつけて数日をこなはせけれども、白鳥一疋もいでこず、白馬もなく事なし。此時外道のいのりをとゞめて仏教にをほせつけられけり。其時馬鳴菩薩と申小僧一人あり。めしいだされければ、此僧の給はく、国中に外道の邪法をとゞめて、仏法を弘通し給べくば、馬をなかせん事やすしといふ。勅宣に云、をほせのごとくなるべしと。其時馬鳴菩薩 三世十方の仏にきしやう(祈請)し申せしかば、たちまちに白鳥出来せり。白馬は白鳥を見て一こへなきけり。大王馬の声を一こへきこしめして眼を開き給、白鳥二ひき乃至百千いできたりければ、百千の白馬一時に悦なきけり。大王の御いろなをること、日しよくのほんにふく(本復)するがごとし。身の力心のはかり事、先々には百千万ばいこへたり。きさきもよろこび、大臣公卿いさみて、万民もたな心をあはせ、他国もかうべをかたぶけたりとみへて候。
今のよ(世)も又是にたがうべからず。天神七代地神五代已上十二代は成劫のごとし。先世のかいりき(戒力)と福力とによて、今生のはげみなけれども、国もおさまり人の寿命も長し。人王のよ(代)となりて二十九代があひだは、先世のかいりきもすこしよはく、今生のまつり事もはかなかりしかば、国にやうやく三災七難をこりはじめたり。なをかんど(漢土)より三皇五帝の世をゝさむべきふみ(文書)わたりしかば、其をもて神をあがめて国の災難をしづむ。人王第三十代欽明天王の世となりて、国には先世のかいふく(戒福)うすく、悪心がうじやう(強盛)の物をほく出来て、善心をろかに悪心はかしこし。外典のをしへはあさし、つみ(罪)もをもきゆへに、外典すてられ、内典になりしなり。れい(例)せば、もりや(守屋)は日本の天神七代・地神五代が間の百八十神をあがめたてまつりて、仏教をひろめずして、もとの外典となさんといのりき。聖徳太子は教主釈尊を御本尊として、法華経一切経をもんしよ(文証)として、両方のせうぶありしに、ついには神はまけ仏はかたせ給て、神国はじめて仏国となりぬ。天竺・漢土の例のごとし。今此三界皆是我有の経文あらはれさせ給べき序也。
欽明より桓武にいたるまで二十よ代二百六十余年が間、仏を大王とし、神を臣として世ををさめ給しに、仏教はすぐれ神はをとりたりしかども、未だよ(代)をさまる事なし。いかなる事にやとうたが(疑)はりし程に、桓武の御宇に伝教大師と申聖人出来して、勘て云、神はまけ仏はかたせ給ぬ。仏は大王、神は臣か(下)なれば、上下あひついで、れいぎ(礼儀)たゞしければ、国中をさまるべしとをもふに、国のしづかならざる事ふしん(不審)なるゆへに、一切経をかんがへて候へば、道理にて候けるぞ。仏教にをほきなるとがありけり。一切経の中に法華経と申大王をはします。ついで華厳経・大品経・深密経・阿含経等はあるいは臣の位、あるいはさふらい(侍)のくらい、あるいはたみ(民)の位なりけるを、或は般若経は法華経にはすぐれたり三論宗、或は深密経は法華経にすぐれたり法相宗、或は華厳経は法華経にすぐれたり華厳宗、或は律宗は諸宗の母也なんど申て、一人として法華経の行者なし。世間に法華経を読誦するは還てをこつ(笑)きうしなう也。依之天もいかり、守護の善神も力よはし[云云]。所謂法華経をほむといえども返て法華の心をころす等[云云]。南都七大寺・十五大寺、日本国中の諸寺諸山の諸僧等、此ことばをきゝてをほきにいかり、天竺の大天・漢土の道士、我国に出来せり。所謂最澄と申小法師是也。
せんする所は行あはむずる処にて、かしら(頭)をわれ、かた(肩)をきれ、をとせ(落)・うて(打)・のれ(詈)と申せしかども、桓武天皇と申賢王たづねあきらめて、六宗はひが事なりけりとて初てひへい山をこんりうして、天台法華宗とさだめをかせ、円頓の戒を建立し給のみならず、七大寺十五大寺の六宗の上に法華宗をそへをかる。せんする所、六宗を法華経の方便となされしなり。れいせば神の仏にまけて門まほりとなりしがごとし。日本国も又々かくのごとし。法華最第一の経文初て此国に顕れ給、能窃為一人説法華経の如来の使初て此国に入給ぬ。桓武・平城・嵯峨の三代二十余年が間は日本一州皆法華経の行者なり。しかれば栴檀には伊蘭、釈尊には提婆のごとく、伝教大師と同時に弘法大師と申聖人出現せり。漢土にわたりて大日経真言宗をならい、日本国にわたりてありしかども、伝教大師の御存生の御時は、いたう法華経に大日経すぐれたりといふ事はいはざりけるが、伝教大師去弘仁十三年六月四日にかくれさせ給てのち、ひまをえたりとやをもひけん、弘法大師去弘仁十四年正月十九日に、真言第一・華厳第二・法華第三、法華経は戯論の法、無明の辺域、天台宗等は盗人なりなんど申書どもをつくりて、嵯峨の皇帝を申かすめたてまつりて、七宗に真言宗を申くはえて、七宗を方便とし、真言宗は真実なりと申立畢。
其後日本一州の人ごとに真言宗になりし上、其後、又伝教大師の御弟子慈覚と申人、漢土にわたりて天台・真言の二宗の奥義をきはめて帰朝す。此人金剛頂経・蘇悉地経二部の疏をつくりて、前唐院と申寺を叡山に申立畢。此には大日経第一法華経第二、其中に弘法のごとくなる過言かずうべからず。せむぜむにせうせう申畢。智証大師又此大師のあとをついで、をんじやう(園城)寺に弘通せり。たうじ寺とて国のわざはい(禍)とみゆる寺是也。叡山の三千人は慈覚・智証をはせずば、真言すぐれたりと申をばもちいぬ人もありなん。円仁大師に一切の諸人くち(口)をふさがれ、心をたぼらかされて、ことば(言)をいだす人なし。王臣の御きえ(帰依)も又伝教・弘法にも超過してみへ候へば、えい(叡)山七寺、日本一州一同に法華経は大日経にをとりと[云云]。法華経の弘通の寺々ごとに真言ひろまりて、法華経のかしら(頭)となれり。かくのごとくしてすでに四百余年になり候ぬ。
やうやく此邪見ぞうじやう(増上)して八十一乃至五の五王すでにうせぬ。仏法うせしかば王法すでにつき畢。あまさへ禅宗と申大邪法、念仏宗と申小邪法、真言と申大悪法、此悪宗はな(鼻)をならべて一国にさかんなり。天照太神はたましいをうしなつて、うぢこ(氏子)をまほらず、八幡大菩薩は威力よはくして国を守護せず。けつく(結句)は他国の物とならむとす。日蓮此よしを見るゆへに、仏法中怨倶堕地獄等のせめをおそれて、粗国主にしめせども、かれらが邪義にたぼらかされて信じ給事なし。還て大怨敵となり給ぬ。法華経をうしなふ人国中に充満せりと申ども、人しる事なければ、たゞぐち(愚癡)のとがばかりにてある事。今は又法華経の行者出来せり。日本国の人々癡の上にいかりををこす。邪法をあいし、正法をにくむ。三毒がうじやうなる。一国いかでか安穏なるべき。壊劫の時は大の三災をこる。いはゆる火災・水災・風災也。又減劫の時は小の三災をこる。ゆはゆる飢渇・疫病・合戦なり。飢渇は大貪よりをこり、やくびやうはぐちよりをこり、合戦は瞋恚よりをこる。今日本国の人々四十九億九万四千八百二十八人の男女、人々ことなれども同一の三毒なり。所謂南無妙法蓮華経を境としてをこれる三毒なれば、人ごとに釈迦・多宝・十方の諸仏を一時にのり、せめ、流し、うしなうなり。是即小の三災の序なり。
しかるに日蓮が一るい、いかなる過去の宿しうにや、法華経の題目のだんなとなり給らん。是をもてをぼしめせ。今梵天・帝釈・日月・四天・天照太神・八幡大菩薩、日本国の三千一百三十二社の大小のじんぎは過去の輪陀王のごとし。白馬は日蓮なり。白鳥は我らが一門なり。白馬のなくは我等が南無妙法蓮華経のこえなり。此声をきかせ給梵天・帝釈・日月・四天等いかでか色をまし、ひかりをさかんになし給はざるべき。いかでか我等を守護し給はざるべきと、つよづよとをぼしめすべし。
抑貴辺の去三月の御仏事に鵞目其数有しかば、今年一百よ人の人を山中にやしなひて、十二時の法華経をよましめ談義して候ぞ。此らは末代悪世には一えんぶだい(閻浮提)第一の仏事にてこそ候へ。いくそばくか過去の聖霊もうれしくをぼすらん。釈尊は孝養の人を世尊となづれ給へり。貴辺あに世尊にあらずや。故大進阿闍梨の事なげかしく候へども、此又法華経流布出来すべきいんえん(因縁)にてや候らん、とをぼしめすべし。事々命ながらへば其時申べし。 弘安二年[己卯]八月十七日 日蓮 [花押] 曽谷の道宗 [御返事]