松野殿女房御返事
336 松野殿女房御返事
麦一箱・いゑのいも一篭・うり一篭等旁の物、六月三日に給候しを、今まで御返事申候はざりし事恐入候。此身延の沢と申処は甲斐国飯井野御牧三箇郷の内、波木井の郷の戌亥の隅にあたりて候。北には身延嶽天をいただき、南には鷹取が嶽雲につづき、東には天子の嶽日とたけをな(同)じ。西には又峨々として大山つづきて、しらね(白根)の嶽にわたれり。猨のなく音天に響き、蝉のさゑづり地にみてり。天竺の霊山此処に来れり、唐土の天台山親りこゝに見る。
我が身は釈迦仏にあらず、天台大師にてはなけれども、まかるまかる昼夜に法華経をよみ、朝暮に摩訶止観を談ずれば、霊山浄土にも相似たり、天台山にも異ならず。但し有待の依身なれば著ざれば風身にしみ、食ざれば命持がたし。燈に油をつがず、火に薪を加へざるが如し。命いかでかつぐべきやらん。命続がたく、つぐべき力絶ては、或は一日乃至五日、既に法華経読誦の音も絶ぬべし、止観のまど(窻)の前には草しげりなん。
かくの如く候に、いかにして思寄せ給ぬらん。兎は経行の者を供養せしかば、天帝哀みをなして月の中にをかせ給ぬ。今天を仰見るに月の中に兎あり。されば女人の御身として、かゝる濁世末代に、法華経を供養しましませば、梵王も天眼を以て御覧じ、帝釈は掌を合せてをがませ給ひ、地神は御足をいただきて喜び、釈迦仏は霊山より御手をのべて御頂をなでさせ給らん。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。恐々謹言。 弘安二年己卯六月二十日 日蓮 [花押] 松野殿女房 [御返事]