新池殿御消息
332 新池殿御消息
八木三石送給候。今一乗妙法蓮華経の御宝前に備へ奉て、南無妙法蓮華経と只一遍唱まいらせ候畢。いとをしみ(最愛)の御子を、霊山浄土へ決定無有疑と送りまいらせんがため也。抑因果のことはりは華と果との如し。千里の野の枯たる草に、螢火の如なる火を一つ付ぬれば、須臾に一草二草十百千万草につきわたりてもゆれば、十町二十町の草木一時にやけつきぬ。龍は一_の水を手に入て天に昇ぬれば、三千世界に雨をふらし候。小善なれども、法華経に供養しまいらせ給ぬれば功徳此の如し。
仏滅後一百年と申せしに月氏国に阿育大王と申せし王ましましき。一閻浮提八万四千の国を四分が一御知行ありき。龍王をしたがへ、鬼神を召仕はせ給。六万の羅漢を師として八万四千の石塔を立、十万億の金を仏に供養し奉んと誓はせ給き。かゝる大王にてをはせし其因位の功徳をたづぬれば、ただ土の餅一釈迦仏に供養し奉し故ぞかし。
釈迦仏の伯父に斛飯王と申王をはします。彼王に太子あり、阿那律となづく。此太子生れ給しに御器一持出たり。彼御器に飯あり。食すれば又出き、又出き、終に飯つくる事なし。故にかの太子のをさな名をば如意となづけたり。法華経にて仏に成り給ふ普明如来是也。此太子の因位を尋れば、うへ(飢)たる世にひえ(稗)の飯を辟支仏と申僧に供養せし故ぞかし。辟支仏を供養する功徳すら此の如し。況や法華経の行者を供養せん功徳は、無量無辺の仏を供養し進らする功徳にも勝れて候也。
抑日蓮は日本国の者也。此国は南閻浮提七千由旬の内に八万四千の国あり。其中に月氏国と申国は大国也。彼国に五天竺あり。十六の大国・五百の中国・十千の小国・無量の粟散国あり。其より東海の中に小島あり、日本国是也。中天竺よりは十万余里の東也。仏教は仏滅度後、正法一千年が間は天竺にとゞまりて余国にわたらず。正法一千年の末、像法に入て一千十五年と申せしに漢土へ渡る。漢土に三百年すぎて百済国に渡る。百済国に一百年已上一千四百十五年と申せしに、人王三十代欽明天皇の御代に、日本国に始て釈迦仏の金銅の像と一切経は渡て候き。今七百余年に及候。其間一切経は五千余巻或は七千余巻也、宗は八宗九宗十宗也。国は六十六箇国、二の島。神は三千余社、仏は一万余寺也。男女よりも僧尼は半分に及べり。仏法の繁昌は漢土にも勝れ、天竺にもまされり。
但し仏法に入て諍論あり。浄土宗の人々は阿弥陀仏を本尊とし、真言の人々は大日如来を本尊とす。禅宗の人々は経と仏とをば閣て達磨を本尊とす。余宗の人々は念仏者・真言等に随へられ、何れともなけれども、つよきに随ひ多分に押れて、阿弥陀仏を本尊とせり。現在の主師親たる釈迦仏を閣て、他人たる阿弥陀仏の十万億の他国へにげ行べきよしをねがはせ給候。阿弥陀仏は親ならず、主ならず、師ならず。されば一経の内、虚事の四十八願を立給たりしを、愚なる人々実と思て、物狂はしく金拍子をたゝき、おど(躍)りはねて念仏を申し、親の国をばいとひ出ぬ。来迎せんと約束せし阿弥陀仏の約束の人は来らず。中有のたびの空に迷て、謗法の業にひかれて、三悪道と申獄屋へおもむけば、獄卒阿防羅刹、悦をなし、とらへ(捉)からめ(搦)て、さひなむ事限りなし。
これをあらあら経文に任てかたり申せば、日本国の男女四十九億九万四千八百二十八人ましますが、某一人を不思議なる者に思て、余の四十九億九万四千八百二十七人は皆敵と成て、主師親の釈尊をもちひぬだに不思議なるに、かへりて或はのり、或はうち、或は処を追ひ、或は讒言して流罪し死罪に行はるれば、貧なる者は富るをへつらひ、賎き者は貴きを仰ぎ、無勢は多勢にしたがう事なれば、適法華経を信ずる様なる人々も、世間をはゞかり人を恐て、多分は地獄へ堕る事不便也。
但し日蓮が愚眼にてやあるらん。又宿習にてや候らん。法華経最第一 已今当説難信難解 唯我一人能為救護と説れて候文は如来の金言也。敢て私の言にはあらず。当世の人は人師の言を如来の金言と打思ひ、或は法華経に肩を並て斉しと思ひ、或は勝たり、或は劣なれども機にかなへりと思へり。しかるに如来の聖教に随他意・随自意と申事あり。譬ば子の心に親の随をば随他意と申。親の心に子の随をば随自意と申。諸経は随他意也、仏 一切衆生の心に随ひ給ふ故に。法華経は随自意也、一切衆生を仏心に随へたり。諸経は仏説なれども、是を信ずれば衆生の心にて永く仏にならず。法華経は仏説也、仏智也、一字一点も是を深く信ずれば我身即仏となる。譬ば白紙を墨に染れば黒くなり、黒漆に白物を入れば白くなるが如し。毒薬変じて薬となり、衆生変じて仏となる、故に妙法と申す。
然に今の人々は高も賎も、現在の父たる釈迦仏をばかろしめて、他人の縁なき阿弥陀・大日等を重じ奉るは、是不孝の失にあらずや。是謗法の人にあらずや。と申ば日本国の人一同に怨ませ給也。其もことはり也。まがれる木はすなをなる縄をにくみ、いつはれる者はたゞしき政りごとをば心にあはず思也。我朝人王九十一代之間に謀反の人々は二十六人也。所謂大山の王子・大石の小丸乃至将門・すみとも・悪左府等也。此等の人々は吉野・とつ(十津)河の山林にこもり、筑紫・鎮西の海中に隠るれば、島々のえびす、浦々のものゝふどもうたんとす。然れどもそれは貴き聖人、山々・寺々・社々の法師、尼、女人はいたう敵と思事なし。日蓮をば上下の男女・尼法師・貴き聖人なんど云はるゝ人々は殊に敵となり候。
其故はいづれも後世をば願へども、男女よりは僧尼こそ願ふ由はみえ候へ。彼等は往生はさてをきぬ。今生の世をわたるなかだちとなる故也。智者聖人又我好我勝たりと申、本師の跡と申、所領と申、名聞利養を重くしてまめやかに、道心は軽し。仏法はひがさまに心得て愚癡の人也、謗法の人也と、言をも惜まず人をも憚らず、当知是人仏法中怨の金言を恐て、我是世尊使処衆無所畏と云文に任ていたくせむる間、未得謂為得我慢心充満の人々争かにくみ嫉まざらんや。されば日蓮程天神七代地神五代人王九十余代にいまだ此程法華経の故に三類の敵人にあだまれたる者なき也。
かゝる上下万人一同のにくまれ者にて候に此まで御渡り候し事、おぼろげの縁にはあらず。宿世の父母歟、昔の兄弟にておはしける故に思付せ給歟。又過去に法華経の縁深して、今度仏にならせ給べきたねの熟せるかの故に、在俗の身として世間ひまなき人の公事のひまに思出させ給けるやらん。其上遠江国より甲州波木井の郷身延山へは道三百余里に及べり。宿々のいぶせさ、嶺に昇れば日月をいたゞき、谷へ下れば穴へ入かと覚ゆ。河の水は矢を射るが如く早し。大石ながれて人馬むかひ難し。船あやうくして紙を水にひたせるが如し。男は山かつ、女は山母の如し。道は縄の如くほそく、木は草の如くしげし。かゝる所へ尋入せ給て候事、何なる宿習なるらん。釈迦仏は御手を引、帝釈は馬となり、梵王は身に随ひ、日月は眼となりかはらせ給て入せ給けるにや。ありがたしありがたし。事多しと申せども、皆程風おこりて身苦しく候間、留候畢。 弘安二年己卯五月二日 日蓮 花押 新池殿 御返事