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上野殿御返事

第二巻 定本番号 20330 弘安2(1279) 分類: その他

祖寿: 58 著作地: 身延 

    330   上野殿御返事
抑日蓮種々の大難の中には、龍口の頸の座と東條の難にはすぎず。其故は諸難の中には命をすつる程の大難はなきなり。或はのり、せめ、或は処をおわれ、無実を云つけられ、或は面をうたれしなどは物のかずならず。されば色心の二法よりをこりて、そしられたる者は日本国の中には日蓮一人也。たゞし、ありとも法華経の故にはあらじ。さてもさてもわすれざる事は、せうばう(少輔房)が法華経の第五巻を取て日蓮がつら(面)をうちし事は、三毒よりをこる処のちやうちやく(打擲)なり。天竺に嫉妬の女人あり。男をにくむ故に、家内の物をことごとく打やぶり、其上にあまりの腹立にや、すがたけしき(気色)かわり、眼は日月の光のごとくかゞやき、くちは炎をはくがごとし。すがたは青鬼赤鬼のごとくにて、年来男のよみ奉る法華経の第五巻をとり、両の足にてさむざむにふみける。其後命つきて地獄にをつ。両の足ばかり地獄にいらず。獄卒鉄杖をもつてうてどもいらず。是は法華経をふみし逆縁の功徳による。今日蓮をにくむ故に、せうばうが第五巻を取て予がをもてをうつ、是も逆縁となるべきか。彼は天竺此は日本、かれは女人これはをとこ、かれは両のあしこれは両の手、彼は嫉妬の故此は法華経の御故也。されども法華経の第五巻はをなじきなり。彼女人のあし地獄に入ざらんに、此両の手無間に入るべきや。たゞし彼は男をにくみて法華経をばにくまず。此は法華経と日蓮とをにくむなれば一身無間に入るべし。経云其人命終入阿鼻獄と[云云]。手ばかり無間に入るまじとは見へず。不便なり不便なり。ついには日蓮にあひて仏果をうべき歟。不軽菩薩の上慢の四衆のごとし。
夫第五巻は一経第一の肝心なり。龍女が即身成仏あきらかなり。提婆はこゝろの成仏をあらはし、龍女は身の成仏をあらはす。一代に分絶たる法門也。さてこそ伝教大師は法華経の一切経に超過して勝れたる事を十あつめ給たる中に、即身成仏化導勝とは此事也。此法門は天台宗の最要にして即身成仏義と申て文句の義科也。真言・天台の両宗の相論なり。龍女が成仏も法華経の功力也。文殊師利菩薩は唯常宣説妙法華経とこそかたらせ給へ。唯常の二字は八字の中の肝要也。菩提心論の唯真言法中の唯の字と、今の唯の字といづれを本とすべきや。彼の唯の字はをそらくはあやまり也。無量義経云四十余年未顕真実。法華経云世尊法久後要当説真実。多宝仏は皆是真実とて、法華経にかぎりて即身成仏ありとさだめ給へり。爾前経にいかやうに成仏ありともとけ、権宗の人々無量にいひくるふ(言狂)とも、たゞほうろく(焙烙)千につち(槌)一なるべし。法華折伏破権門理とはこれなり。尤もいみじく秘奥なる法門也。又天台の学者、慈覚よりこのかた、玄・文・止の三大部の文をとかくれうけん(料簡)し、義理をかまうとも、去年のこよみ昨日の食のごとし。けう(今日)の用にならず。末法の始の五百年に、法華経の題目をはなれて成仏ありといふ人は、仏説なりとも用ゆべからず。何に況や人師の義をや。爰に日蓮思ふやう、提婆品を案ずるに提婆は釈迦如来の昔の師なり。昔の師は今の弟子なり。今の弟子はむかしの師なり。古今能所不二にして法華の深意をあらはす。されば悪逆の達多には慈悲の釈迦如来、師となり、愚癡の龍女には智慧の文殊、師となり、文殊・釈迦如来にも日蓮をとり奉るべからざる歟。日本国の男は提婆がごとく、女は龍女にあひにたり。逆順ともに成仏を期すべきなり。是提婆品の意なり。
次に勧持品に八十万億那由佗の菩薩の異口同音の二十行の偈は日蓮一人よめり。誰か出でて、日本国・唐土・天竺三国にして、仏滅後によみたる人やある。又我よみたりとなのるべき人なし。又あるべしとも覚へず。及加刀杖の刀杖二字の中に、もし杖の字にあう人はあるべし。刀の字にあひたる人をきかず。不軽菩薩は杖木瓦石と見たれば、杖の字にあひぬ。刀の難はきかず。天台・妙楽・伝教等は刀杖不加と見たれば、是又かけたり。日蓮は刀杖の二字ともにあひぬ。剰へ刀の難は前に申がごとく東條の松原と龍口となり。一度もあう人なきなり。日蓮は二度あひぬ。杖の難には、すでにせうばう(少輔房)につらをうたれしかども、第五巻をもてうつ。うつ杖も第五巻、うたるべしと云経文も五巻、不思議なる未来記の経文也。さればせうばうに、日蓮数十人の中にしてうたれし時の心中には、法華経の故とはをもへども、いまだ凡夫なればうたてかりける間、つえ(杖)をもうばひ、ちから(力)あるならばふみをり(踏折)すつべきことぞかし。然れどもつえは法華経の五巻にてまします。いまをもひいでたる事あり。子を思ふ故にや、をや(親)つぎ(槻)の木の弓をもて、学文せざりし子にをしへ(教)たり。然間、此子うたてかりしは父、にくかりしはつぎの木の弓。されども終には修学増進して自身得脱をきわめ、又人を利益する身となり、立還て見れば、つぎの木をもつて我をうちし故也。此子そとば(卒堵婆)に此木をつくり、父の供養のためにたててむけ(手向)りと見へたり。日蓮も又かくの如くあるべき歟。日蓮仏果をえむに争かせうばうが恩をすつべきや。何況法華経の御恩の杖をや。かくの如く思ひつづけ候へば、感涙をさへがたし。
又涌出品は日蓮がためにはすこしよしみある品也。其故は上行菩薩等の末法に出現して、南無妙法蓮華経の五字を弘むべしと見へたり。しかるに先日蓮一人出来す。六万恒沙の菩薩よりさだめて忠賞をかほるべしと思へば、たのもしき事也。
とにかくに法華経に身をまかせ信ぜさせ給へ。殿一人にかぎるべからず。信心をすゝめ給て、過去の父母等をすくわせ給へ。日蓮生れし時よりいまに一日片時もこゝろやすき事はなし。此法華経の題目を弘めんと思ばかりなり。相かまへて相かまへて、自他生死はしらねども、御臨終のきざみ、生死の中間に、日蓮かならずむかいにまいり候べし。三世の諸仏の成道は、ねうし(子丑)のをわり、とらのきざみ(寅刻)の成道也。仏法の住処鬼門の方に三国ともにたつなり。此等は相承の法門なるべし。委は又々申べく候。恐恐謹言。
かつへて食をねがひ、渇して水をしたうがごとく、恋て人を見たきがごとく、病にくすりをたのむがごとく、みめかたちよき人、べに(紅)しろいもの(白物)をつくるがごとく、法華経には信心をいたさせ給へ。さなくしては後悔あるべし[云云]。   弘安二年[卯己]卯月二十日   日蓮  [花押]   上野殿  [御返事]