妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

兵衛志殿御返事

第二巻 定本番号 20318 弘安1(1278) 分類: 真蹟断片現存

祖寿: 57 著作地: 身延 真蹟: 大津本長寺、外四カ所 

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    318   兵衛志殿御返事
銭六貫文の内[一貫自次郎分]白厚綿小袖一領。四季にわたりて財を三宝に供養し給。いづれもいづれも功徳にならざるはなし。但時に随て勝劣浅深わかれて候。うへたる人には衣をあたへたるよりも、食をあたへて候はいますこし功徳まさる。こゞへたる人には食をあたへて候よりも、衣は又まさる。春夏に小袖をあたへて候よりも、秋冬にあたへぬれば又功徳一倍なり。これをもつて一切はしりぬべし。たゞし此事にをいては四季を論ぜず、日月をたゞさず、ぜに・こめ・かたびら・きぬこそで、日々、月々にひまなし。例せばびんばしらわうの教主釈尊に日々日々に五百輛の車ををくり、阿育大王の十億の沙金を鶏頭摩寺にせゝしがごとし。大小ことなれども志はかれにもすぐれたり。
其上今年は子細候。ふゆと申ふゆ、いづれのふゆかさむからざる。なつと申なつ、又いづれのなつかあつからざる。たゞし今年は余国はいかんが候らめ、このはきゐは法にすぎてかんじ候。ふるきをきなどもにとひ候へば、八十・九十・一百になる者の物語候は、すべていにしへこれほどさむき事候はず。此のあんじちより四方の山の外、十丁二十丁は人かよう事候はねばしり候はず。きんぺん一丁二丁のほどは、ゆき一丈・二丈・五尺等なり。このうるう十月卅日、ゆきすこしふりて候しが、やがてきへ候ぬ。この月の十一日たつの時より十四日まで大雪下て候しに、両三日へだてゝすこし雨ふりて、ゆきかたくなる事金剛のごとし。いまにきゆる事なし。ひるもよるもさむくつめたく候事、法にすぎて候。さけはこをりて石のごとし。あぶらは金ににたり。なべ・かまに小水あればこをりてわれ、かんいよいよかさなり候へば、きものうすく食ともしくして、さしいづるものもなし。坊ははんさくにて、かぜゆきたまらず。しきものはなし。木はさしいづるものもなければ火もたかず。ふるきあかづきなんどして候こそで一なんどきたるものは、其身のいろ紅蓮大紅蓮のごとし。こへははゝ(波々)大ばゝ地獄にことならず。手足かんじてきれさけ、人死ことかぎりなし。俗のひげをみれば、やうらくをかけたり。僧のはなをみれば、すゞをつらぬきかけて候。
かゝるふしぎ候はず候に、去年の十二月の卅日よりはらのけの候しが、春夏やむことなし。あきすぎて十月のころ大事になりて候しが、すこしく平愈つかまつりて候へども、やゝもすればをこり候に、兄弟二人のふたつの小袖、わた四十両をきて候が、なつのかたびらのやうにかろく候ぞ。ましてわたうすく、たゞぬのものばかりのもの、をもひやらせ給へ。此二のこそでなくば、今年はこゞへしに候なん。其上、兄弟と申、右近尉の事と申、食もあいついて候。
人はなき時は四十人、ある時は六十人、いかにせき候へども、これにある人々のあにとて出来し、舎弟とてさしいで、しきゐ候ぬれば、かゝはやさに、いかにとも申へず。心にはしづかにあじちむすびて、小法師と我身計御経よみまいらせんとこそ存て候に、かゝるわづらわしき事候はず。又としあけ候わば、いづくへもにげんと存候ぞ。かゝるわづらわしき事候はず。又々申べく候。なによりもゑもんの大夫志ととのとの御事、ちゝの御中と申、上のをぼへと申、面にあらずば申つくしがたし。恐々謹言。   十一月廿九日  日蓮  [花押]  兵衛志殿  [御返事]