弥源太入道殿御消息
303 弥源太入道殿御消息
一日の御帰路をぼつかなく候つる処に御使悦入て候。御用事の御事共は伯耆殿の御文に書せて候。然に道隆の死て身の舎利となる由の事。是は何とも人不知用まじく候へば兎角申て詮は候はず。但し仏の以前に九十五種の外道ありき。各各是を信じて仏に成ると申。又皆人も一同に思て候し程に、仏世に出させ給て九十五種は皆地獄に堕たりと説せ給ひしかば、五天竺の国王大臣等は仏は所詮なき人也と申。又外道の弟子どもも我師の上を云れて悪心をかき候。竹杖外道と申外道目連尊者を殺せし事是也。苦得外道と申せし者を仏記して云、七日の内に死して食吐鬼と成べし、と説せ給しかば外道瞋をなす。七日の内に食吐鬼と成たりしかば、其を押隠して得道の人の御舎利買べしと云き。其より外に不思議なる事不知数。
但し道隆が事は見ぬ事にて候へば如何様に候やらん。但し弘通するところの説法は共に本権教より起りて候しを、今は教外別伝と申て物にくるひて我と外道の法と云歟。其上建長寺は現に眼前に見へて候。日本国の山寺の敵とも可謂様なれども、事を御威によせぬれば皆人恐れて不云。是は今生を重して後生は軽する故也。されば現身に彼寺の故に亡国すべき事当りぬ。日蓮は度々知て日本国の道俗の科を申せば、是は今生の禍、後生の福也。但し道隆の振舞は日本国の道俗知て候へども、上を畏れてこそ尊み申せ、又内心は皆うとみて候らん。仏法の邪正こそ愚人なれば知らずとも、世間の事は眼前なれば知ぬらん。又一は不用とも人の骨の舎利と成る事は易く知れ候事にて候。仏の舎利は火にやけず、水にぬれず、金剛のかなづちにてうてども不摧。一くだきして見よかし、あらやすし、あらやすし。
建長寺は所領を取られてまどひたる男どもの、入道に成て四十五十六十なんどの時走り入て候が、用は無之道隆がかげにしてすぎぬるなり。云に甲斐なく死ぬれば不思議にて候を、かくして暫くもすぎき。又は日蓮房が存知の法門を人に疎ませんとこそたばかりて候らめ。あまりの事どもなれば誑惑顕れなんとす。但しばらくねう(忍)じて御覧ぜよ。根露れぬれば枝か(枯)れ。源渇けば流尽ると申事あり。恐恐謹言。 弘安元年戊寅八月十一日 日蓮 花押 弥源太入道殿