太田殿女房御返事
265 太田殿女房御返事
柿のあをうらの小袖、わた十両に及で候か。此大地の下に二の地獄あり。一には熱地獄。すみ(炭)ををこし、野に火をつけ、せうまう(焼亡)の火、鉄のゆ(湯)のごとし。罪人のやくる事は、大火に紙をなげ、大火にかなくづ(木屑)をなぐるがごとし。この地獄へは、やきとり(焼盗)と、火をかけてかたきをせめ、物をねたみて胸をこがす女人の堕る地獄也。
二には寒地獄。此地獄に八あり。涅槃経云、八種の寒氷地獄。所謂阿波波地獄・阿咤咤地獄・阿羅羅地獄・阿婆婆地獄・優鉢羅地獄・波頭摩地獄・拘物頭地獄・芬陀利地獄[云云]。此八大かん(寒)地獄は、或はかんにせめられたるこえ(声)、或は身のいろ等にて候。
此国のすわ(諏訪)の御いけ、或は越中のたて(立)山のかへる(北風)、加賀の白山のれい(嶺)のとり(鳥)のはねをとぢられ、やもめをうな(寡婦)のすそ(裾)のひゆ(冷)る、ほろゝ(雉子)の雪にせめられたるをもてしろしめすべし。かん(寒)にせめられて、をとがい(頤)のわなめく等を阿波波・阿咤咤・阿羅羅等と申。かんにせめられて、身のくれないににたるを紅蓮・大紅蓮等と申なり。
いかなる人の此地獄にをつるぞと申せば、此世にて人の衣服をぬすみとり、父母師匠等のさむげなるをみまいらせて、我はあつくあたゝかにして昼夜をすごす人々の堕る地獄也。
六道の中に天道と申は、其所に生ずるより衣服とゝのをりて生るるところ也。人道の中にも商那和修・鮮白比丘尼等は悲母の胎内より衣服とゝのをりて生給へり。是はたうと(貴)き人々に衣服をあたへたるのみならず、父母・主君・三宝にきよ(清)くあつ(厚)き衣をまいらせたる人也。商那和修と申せし人は、裸形なりし辟支仏に衣をまいらせて、世々生々に衣服身に随ふ。_曇弥と申せし女人は、仏にきんばら衣をまいらせて、一切衆生喜見仏となり給。
今法華経に衣をまいらせ給女人あり。後生にはかん地獄の苦をまぬがれさせ給のみならず、今生には大難をはらひ、其功徳のあまりを男女のきんだち(公達)きぬ(衣)にきぬをかさね、いろ(色)にいろをかさね給べし。穴賢穴賢。 建治三年丁丑十一月十八日 日蓮 花押 太田入道殿女房 御返事