弥三郎殿御返事
253 弥三郎殿御返事
是は無智の俗にて候へども、承り候しに、貴く思ひ進せ候しは、法華の第二巻に今此三界とかや申文にて候也。
此文の意は、今此日本国は釈迦仏の御領也。天照太神・八幡大菩薩・神武天皇等の一切の神・国主並に万民までも釈迦仏の御所領の内なる上、此仏は我等衆生に三の故御坐す大恩の仏也。一国主也、二師匠也、三親父也。此三徳を備へ給事は十方の仏の中に唯釈迦仏計也。
されば今の日本国の一切衆生は設釈迦仏にねんごろに仕ふる事、当時の阿弥陀仏の如くすとも、又他仏を並て同じ様にもてなし進せば大なる失也。譬ば我主の而も智者にて御坐さんを他国の王に思ひ替て、日本国にすみながら漢土・高麗の王を重んじて、日本国の王におろそかならんをば、此国の大王いみじと申す者ならんや。
況や日本国の諸僧は一人もなく、釈迦如来の御弟子として頭をそり衣を著たり。阿弥陀仏の弟子にはあらぬぞかし。然るに釈迦堂・法華堂・画像・木像・法華経一部も持ち候はぬ僧共が、三徳全備はり給へる釈迦仏をば閣て、一徳もなき阿弥陀仏を国こぞりて郷・村・家ごとに人の数よりも多く立ならべ、阿弥陀仏の名号を一向に申して、一日に六万八万なんどす。打見て候所はあら貴や貴やと見へ候へども、法華経を以て見進せ候へば、中々日々に十悪を造る悪人よりも過重きは善人也。悪人は何の仏にもよりまいらせ候はねば思替る辺もなし。若又善人とも成ば法華経に付進する事もや有なん。日本国の人々は何にも阿弥陀仏より釈迦仏、念仏よりも法華経を、重くしたしく心よせに思進せぬる事難かるべし。
されば此人々は善人に似て悪人也。悪人の中には一閻浮提第一の大謗法の者、大闡提の人也。釈迦仏此人をば法華経の二の巻に、其人命終入阿鼻獄と定させ給へり。されば今の日本国の諸僧等は提婆達多・瞿伽利尊者にも過たる大悪人也。又在家の人々は此等を貴み供養し給故に、此国眼前に無間地獄と変じて、諸人現身に大飢饉・大疫病、先代になき大苦を受る上、他国より責らるべし。此は偏に梵天・帝釈・日・月等の御はからひ也。
かゝる事をば日本国には但日蓮一人計知て、始は云べき歟云まじき歟とうらおもひけれども、さりとては何にすべき、一切衆生の父母たる上、仏の仰を背くべき歟。我身こそ何様にもならめと思て云出しかば、二十余年所をおはれ、弟子等を殺され、我身も疵を蒙り、二度まで流され、結句は頸切れんとす。是偏に日本国の一切衆生の大苦にあはんを兼て知て歎き候也。
されば心あらん人々は我等が為にと思食すべし。若知恩有心人人は、二当らん杖には一は替るべき事ぞかし。さこそ無らめ、還て怨をなしなんどせらるる事は心得ず候。又在家の人人の能も聞ほどかずして、或は所を追ひ、或は弟子等を怨るゝ心えぬさよ。設知ずとも誤て現の親を敵ぞと思ひたがへて詈り、或は打殺したらんは、何に科を免るべき。此人人は我あらぎ(荒気)をば知ずして、日蓮があらぎの様に思へり。譬ば物ねたみする女の眼を瞋かしてとわり(遊女)をにら(睨)むれば、己が気色のうとましきをば知ずして、還てとわりの眼おそろしと云が如し。此等の事は偏に国主の御尋なき故也。又何なれば御尋なきぞと申すに、此国の人々余り科多して、一定今生には他国に責られ、後生には無間地獄に堕べき悪業の定まりたるが故也と、経文歴々と候しかば信じ進せて候。
此事は各々設我等が如なる云にかひなき者共を責おどし、或は所を追せ給候とも、よも終には只は候はじ。此御房の御心をば設天照太神正八旛もよも随へさせ給ひ候はじ。まして凡夫をや。されば度度の大事にもおくする心なく、弥よ強盛に御坐すと承候と、加様のすぢに申し給べし。
さて其法師物申さば、取返して、さて申しつる事は僻事歟と返して、釈迦仏は親也、師也、主也と申文、法華経には候歟と問て、有と申さば、さて阿弥陀仏は御房の親・主・師と申経文は候歟と責て、無と云んずる歟、又有と云はんずる歟。若さる経文有と申ば、御房の父は二人歟と責給へ。又無といはば、さては御房は親をば捨てて、何に他人をもてなすぞと責給へ。其上法華経は他経には似させ給はねばこそとて、四十余年等の文を引かるべし。即往安楽の文にかからば、さて此には先つまり給へる事は承伏歟と責て、それもとて又申べし。
構へて構へて所領を惜み、妻子を顧りみ、又人を憑てあやぶむ事無れ。但偏に思切べし。今年の世間を鏡とせよ。若干の人の死るに、今まで生て有つるは此事にあはん為也けり。此こそ宇治川を渡せし所よ。是こそ勢多を渡せし所よ。名を揚か名をくだすか也。人身難受法華経難信とは是也。釈迦多宝十方の仏来集して我身に入かはり、我を助け給へと観念せさせ給べし。地頭のもとに召るる事あらば、先は此趣を能能申さるべく候。恐恐謹言。 建治三年[丁丑]八月四日 日蓮 花押 弥三郎殿 御返事