破良観等御書
236 破良観等御書
良観・道隆・悲願聖人等が極楽寺・建長寺・寿福寺・普門寺等を立て、叡山の円頓大戒を蔑如するが如し。此は第一破僧罪也。二には仏の御身より血を出す。今念仏者等が教主釈尊の御入滅の二月十五日ををさへとり阿弥陀仏日とさだめ、仏生日八日をば薬師仏の日といゐ、一切真言師が大日如来たのみて、教主釈尊は無明に迷る仏、我等が履とりにも及ず、結句は灌頂して釈迦仏の頭をふむ。禅宗法師等は教外別伝とのゝしりて、一切経をばほんぐ(反古)にはをとり、我等は仏に超過せりと[云云]。此は南印度の大慢ばら門がながれ、出仏身血の一分也。第三に蓮華比丘尼を打ころす。これ仏養母阿羅漢なり。此は阿闍世王の提婆達多をすてて仏につき給し時、いかりをなして大火胸をやきしかば、はらをすへかねて此尼のゆきあひ候たりしを、打殺せしなり。
今の念仏者等が念仏と禅と律と真言とをせめられて、のぶるかたわなし、結句は檀那等をあひかたらひて、日蓮が弟子を殺させ、予が頭等にきずをつけ、ざんそう(讒奏)をなして二度まで流罪、あわせて頸をきらせんとくわだて、弟子等数十人をろう(牢)に申入のみならず、かまくら(鎌倉)内に火をつけて、日蓮が弟子の所為なりとふれまわして、一人もなく失とせしが如し。而に提婆達多が三逆罪は仏の御身より血をいだせども爾前の仏、久遠実成の釈迦にはあらず。殺羅漢も爾前の羅漢、法華経の行者にはあらず。破和合僧爾前小乗の戒なり、法華円頓の大戒の僧にもあらず。大地われて無間地獄に入しかども、法華経の三逆ならざれば、いたう(甚)も深くあらざりけるかのゆへに、提婆法華経にして天王如来とならさせ給。
今の真言師・念仏者・禅律等の人人並に此を御帰依ある天子並将軍家、日本国の上下万人は、法華経の強敵となる上、一乗の行者の大怨敵となりぬ。されば設一切経を覚り、十方の仏に帰依し、一国の堂塔を建立し、一切衆生に慈悲ををこすとも、衆流大海に入かんみ(鹹味)となり、衆鳥須弥山に近て同色となるがごとく、一切の大善変じて大悪となり、七福かへりて七難をこり、現在眼前には他国のせめきびしく、自身は兵にやぶられ、妻子は敵にとられて、後生には無間大城に堕べし。
此をもんてをもうに、故弥四郎殿は設大罪なりとも提婆が逆にはすぐべからず。何況小罪なり。法華経を信ぜし人なれば無一不成仏疑なきものなり。
疑云、今真言師等を無間地獄と候は心へられぬ事なり。今の真言は源弘法大師・伝教大師・慈覚大師・智証大師此四大師のながれなり。此人人地獄に堕給はずわ、今真言師いかで堕候べき。答云、地獄は一百三十六あり。一百三十五の地獄へは堕る人雨のごとし。其因やすきゆへなり。一の無間大城へは堕る人かたし。五逆罪を造人まれなるゆへなり。又仏前には五逆なし。但殺父・殺母の二逆計あり。又二逆の中にも仏前の殺父・殺母は決定として無間地獄へは堕がたし。畜生の二逆のごとし。而に今日本国の人人は又一百三十五の地獄へはゆきがたし。日本国の人人形はことなれども同く法華経誹謗の輩なり。日本国異なれども同法華誹謗の者となる事は、源伝教より外の三大師の義より事をこれり。
問云、三大師の義如何。答云、弘法等三大師は其義ことなれども、同法華経誹謗は一同なり。所謂善無畏三蔵・金剛智三蔵・不空三蔵の法華経誹謗の邪義なり。
問云、三大師の地獄へ堕る証拠如何。答云、善無畏三蔵は漢土日本国の真言宗元祖なり。彼人すでに頓死して閻魔のせめにあへり。其せめに値事は他の失ならず。法華経は大日経に劣と立しゆへなり。而を此失を知ずして、其義をひろめたる慈覚・智証、地獄を脱べしや。但善無畏三蔵の閻魔のせめにあづかりし故をだにもたづねあきらめば、此事自然に顕ぬべし。善無畏三蔵の鉄の縄七すぢつきたる事は、大日経の疏に我とかかれて候上、日本醍醐の閻魔堂・相州鎌倉の閻魔堂にあらわせり。此をもんて慈覚・智証等の失をば知べし。
問云、法華経と大日三部経の勝劣は経文如何。答曰、法華経には於諸経中最在其上と説れて、此法華経は一切経の頂上の法なりと[云云]。大日経七巻・金剛頂経三巻・蘇悉地経三巻、已上十三巻の内、法華経に勝と申経文は一句一偈もこれなし。但蘇悉地経計にぞ於三部中此経為王と申文候。此は大日の三部経の中の王なり。全一代の諸経の中の大王にはあらず。例せば本朝の王を大王といふ。此は日本国の内の大王なり。全漢土・月支の諸王に勝たる大王にはあらず。法華経は一代の一切経の中の王たるのみならず、三世十方の一切の諸仏の所説の中の大王なり。例せば大梵天王のごときんば諸小王・転輪王・四天王・釈王・魔王等の一切の王に勝たる大王なり。金剛頂経と申は真言教の頂王、最勝王経と申は外道天仙等の経の中の大王、全一切経の中の頂王にはあらず。法華経は一切経の頂上の宝珠なり。論師人師をすてて専経文をくらべばかくのごとし。
而を天台宗出来の後、月氏よりわたれる経論並に天竺・漢土にして立たる宗宗の元祖等、修羅心をさしはさめるかのゆへに、或は経論にわたくしの言をまじへて事を仏説によせ、或は事を月氏の経によせなんどして、私の筆をそへ仏説のよしを称す。善無畏三蔵等は法華経と大日経との勝劣定に理同事勝と[云云]。此は仏意にはあらず。仏説のごとくならば大日経等は四十余年の内、四十余年の内にも華厳・般若等には及べくもなし。但阿含小乗経にすこしいさてたる経也。而を慈覚大師等は此義を弁ずして、善無畏三蔵を重をもうゆへに、理同事勝の義を実義とをもえり。
弘法大師は又此等にはにるべくもなき僻人なり。所謂法華経大日経に劣のみならず、華厳経等にもをとれり等[云云]。而を此邪義を人に信させんために、或は大日如来より写瓶せりといゐ、或は我まのあたり霊山にしてきけりといゐ、或は師の慧果和尚我をほめし、或は三鈷をなげたりなんど申種種の誑言をかまへたり。愚な者今信とる。又天台の真言師は慈覚大師を本とせり。叡山三千人もこれを信ずる上、随て代代の賢王の御世に勅宣下。其勅宣のせん(詮)は法華経と大日経とは同醍醐、譬へば鳥両翼、人の左右眼等[云云]。今の世の一切の真言師は此義をすぎず。此等は蛍火を日月に越とをもひ、蚯蚓を花山より高という義なり。
其上、一切真言師は灌頂なづけて、釈迦仏を直にかきてしきまんだら(敷曼陀羅)となづけて、弟子の足にふませ、或は法華経の仏は無明に迷る仏、人の中のえぞ(夷)のごとし。真言師が履とりにも及ず、なんどふみ(文)につくれり。今真言師は此文を本疏となづけて、日日夜夜に談義して、公家武家のいのりとがうして、ををくの所領を知行し、檀那をたぼらかす。事の心を案ずるに、彼の大慢ばら門がごとく、無垢論師にことならず。此等は現身に阿鼻の大火を招べき人人なれども、強敵のなければさてすぐるか。而といへども、其しるし眼前にみへたり。慈覚と智証との門家等闘諍ひまなく、弘法と聖覚が末孫が本寺と伝法院、叡山と園城との相論は修羅と修羅と猿と犬とのごとし。此等は慈覚の夢想に日をいる(射)とみ、弘法の現身妄語のすへか。仏、末代を記云、謗法の者大地微塵よりも多く、正法の者は爪上の土よりすくなかるべし。仏語まことなるかなや、今日本国かの記にあたれり。
予はかつしろしめされて候がごとく、幼少の時より学文に心をかけし上、大虚空蔵菩薩の御宝前に願を立、日本第一の智者となし給へ。十二のとしより此願を立。其所願に子細あり。今くはしくのせがたし。其後、先浄土宗・禅宗をきく。其後、叡山・園城・高野・京中・田舎等処処に修行して自他宗の法門をならひしかども、我身の不審はれがたき上、本よりの願に、諸宗何の宗なりとも偏党執心あるべからず、いづれも仏説に証拠分明に道理現前ならんを用べし。論師・訳者・人師等にはよるべからず。専経文を詮とせん。又法門によりては、設王のせめなりともはばかるべからず。何況其已下の人をや。父母師兄等の教訓なりとも用べからず。人の信不信はしらず。ありのまゝに申べしと誓状を立しゆへに、三論宗の嘉祥・華厳宗の澄観・法相宗の慈恩等をば、天台・妙楽・伝教等無間地獄とせめたれども、真言宗の善無畏三蔵・弘法大師・慈覚・智証等の僻見はいまだせむる人なし。善無畏・不空等の真言宗をすてて天台による事は、妙楽大師の記十の後序並に伝教大師の依憑集にのせられたれども、いまだくはしからざればにや、慈覚・智証の謬_は出来せるかと強盛にせむるなり。
かく申程に、年卅二建長五年の春の比より念仏宗と禅宗等とをせめはじめて、後に真言宗等をせむるほどに、念仏者等始にはあなづる。日蓮いかにかしこくとも明円房・公胤僧上・顕真座主等にはすぐべからず。彼の人人だにもはじめは法然上人をなん(難)ぜしが、後にみな堕て、或は上人の弟子となり、或は門家となる。日蓮はかれがごとし。我つめん、我つめんとはやりし程に、いにしへの人人は但法然をなんじて、善導・導綽等をせめず。又経の権実をいわざりしかばこそ、念仏者はをごりけれ。今日蓮は善導・法然等をば無間地獄につきをとして、専浄土の三部経を法華経にをしあはせてせむるゆへに、蛍火に日月、江河に大海のやうなる上、念仏は仏のしばらくの戯論の法、実にこれをもんて生死をはなれんとをもわば、大石を船に造大海をわたり、大山をにな(荷)て嶮難を越がごとしと難ぜしかば、面をむかうる念仏者なし。後には天台宗の人人をかたらひて、どしうち(同志打)にせんとせしかども、それもかなはず。天台宗の人人もせめられしかば、在家出家心ある人人少少念仏と禅宗とをすつ。
念仏者・禅宗・律僧等、我智力叶ざるゆへに、諸宗に入あるきて種種の讒奏をなす。在家の人人不審あるゆへに、各各の持僧等、或は真言師、或は念仏者、或はふるき天台宗、或は禅宗、或律僧等をわきにはさみて、或は日蓮が住処に向、或はかしこへよぶ。而ども一言二言にはすぎず。迦旃延が外道をせめしがごとく、徳慧菩薩が摩沓婆をつめ(詰)しがごとく、せめしゆへに其力及ばず。人は智かしこき者すくなきかのゆへに、結句は念仏者等をばつめさせて、かなはぬところには、大名してものをぼへぬ侍ども、たのしくて先後も弁ぬ在家の徳人等、挙て日蓮をあだするほどに、或は私に狼籍をいたして日蓮がかたの者を打、或は所をひ、或は地をたて、或はかんだう(勘当)をなす事かずをしらず。上に奏すれども、人の主となる人はさすが戒力といゐ、福田と申、子細あるべきかとをもひて、左右なく失にもなされざりしかば、きりもの(権臣)どもよりあひて、まちうど(町人)等をかたらひて、数万人の者をもんて、夜中にをしよせ失とせしほどに、十羅刹の御計にてやありけん、日蓮其難を脱しかば、両国吏心をあわせたる事なれば、殺れぬをとがにして伊豆国へながされぬ。最明寺殿計こそ、子細あるかとをもわれて、いそぎゆるされぬ。
さりし程に、最明寺入道殿隠させ給しかば、いかにも此事あしくなりなんず。いそぎかくるべき世なりとはをもひしかども、これにつけても法華経のかたうどつよくせば、一定事いで来ならば身命をすつるにてこそあらめと思切しかば、讒奏人人いよいよかずをしらず。上下万人皆父母のかたき、とわり(遊女)をみるがごとし。不軽菩薩の威音王仏のすへ(末)にすこしもたがう事なし。