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阿仏房尼御前御返事報千日尼書

第二巻 定本番号 20194 建治1(1275) 分類: その他

祖寿: 54 著作地: 身延 

    194   阿仏房尼御前御返事
御文云於謗法浅深軽重者罪報如何耶[云云]。夫法華経の意は一切衆生皆成仏道の御経也。然りといへども、信ずる者は成仏をとぐ、謗ずる者は無間大城に堕つ。若人不信毀謗此経即断一切世間仏種乃至其人命終入阿鼻獄とは是也。
謗法の者にも浅深軽重の異あり。法華経を持ち信ずれども、誠に色心相応の信者、能持此経の行者はまれなり。此等の人は介爾ばかりの謗法はあれども、深重の罪を受る事はなし。信心はつよく、謗法はよはき故也。大水を以て小火をけすが如し。
涅槃経云若善比丘見壊法者置不呵責駆遣挙処当知是人仏法中怨。若能駆遣呵責挙処是我弟子真声聞[云云]。此経文にせめられ奉て、日蓮は種種の大難に値といへども、仏法中怨のいましめ(誡)を免んために申也。
但し謗法に至て浅深あるべし。偽り愚かにしてせめざる時もあるべし。真言・天台宗等は法華誹謗の者、いたう呵責すべし。然れども大智慧の者ならでは日蓮が弘通の法門分別しがたし。然間、まづまづさしをく事あるなり。立正安国論の如し。いふといはざる(不言)との重罪難免。云て罪のまぬがるべきを、見ながら聞ながら置ていまし(禁)めざる事、眼耳の二徳忽に破れて大無慈悲也。章安云無慈詐親即是彼怨等[云云]。重罪消滅しがたし。弥利益の心尤可然也。軽罪の者をばせむる時もあるべし。又せめずしてをくも候べし。自然になを(直)る辺あるべし。せめて自他の罪を脱れて、さてゆるすべし。其故は一向謗法になれば、まされ(勝)る大重罪を受也。為彼除悪即是彼親とは是也。
日蓮が弟子檀那の中にも多く如此事共候。さだめて尼御前もきこしめして候らん。一谷の入道の事。日蓮が檀那と内には候へども外は念仏者にて候ぞ。後生はいかんとすべき。然れども法華経十巻渡して候し也。弥信心をはげみ給べし。
仏法の道理を人に語らむ者をば男女僧尼必にくむべし。よし、にくまばにくめ、法華経・釈迦仏・天台・妙楽・伝教・章安等の金言に身をまかすべし。如説修行の人とは是也。法華経云於恐畏世能須臾説[云云]。悪世末法の時、三毒強盛の悪人等集りて候時、正法を暫時も信じ持たらん者をば天人供養あるべしと云経文也。此度大願を立、後生を願はせ給へ。少しも謗法不信のとが候はば、無間大城疑なかるべし。譬ば海上を船にのるに、船をろそかにあらざれども、あか(水)入ぬれば、必船中の人人一時に死する也。なはて(畷)堅固なれども、蟻穴あれば必終に湛へたる水のたま(溜)らざるが如し。謗法不信のあかをとり、信心のなはてをかたむべき也。浅き罪ならば、我よりゆるして功徳を得さすべし。重きあやまちならば、信心をはげまして消滅さすべし。
尼御前の御身として、謗法の罪の浅深軽重の義をとはせ給事、まことにありがたき女人にておはすなり。龍女にあにをとるべきや。我闡大乗教度脱苦衆生とは是也。問其義趣是則為難と云て、法華経の義理を問人はかたしと説れて候。相構相構、力あらん程は謗法をばせめさせ給べし。日蓮が義を助け給事、不思議に覚候ぞ、不思議に覚候ぞ。穴賢穴賢。  九月三日   日蓮  [花押]   阿仏房尼御前御返事