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高橋入道殿御返事鹿島書

第二巻 定本番号 20187 建治1(1275) 分類: 真蹟断片現存

祖寿: 54 著作地: 身延 真蹟: 富士 大石寺外二ヶ所 

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    187   高橋入道殿御返事
進上 高橋入道殿御返事 日蓮 我等が慈父大覚世尊は人寿百歳の時、中天竺に出現しましまして、一切衆生のために、一代聖教をとき給。仏在世の一切衆生は過去の宿習有て、仏に縁あつかりしかば、すでに得道成ぬ。我滅後の衆生をばいかんがせんとなげき給しかば、八万聖教を文字となして、一代聖教の中に小乗経をば迦葉尊者にゆづり、大乗経並に法華経・涅槃経をば文殊師利菩薩にゆづり給。
但八万聖教の肝心・法華経の眼目たる妙法蓮華経の五字をば、迦葉・阿難にもゆづり給はず。又文殊・普賢・観音・弥勒・地蔵・龍樹等の大菩薩にもさづけ給はず。此等の大菩薩等ののぞみ申せしかども仏ゆるし給はず。大地の底より上行菩薩と申せし老人を召いだして、多宝仏・十方の諸仏の御前にして、釈迦如来七宝の塔中にして、妙法蓮華経の五字を上行菩薩にゆづり給。
其故は我が滅後の一切衆生は皆我子也。いづれも平等に不便にをもうなり。しかれども医師の習病に随て薬をさづくる事なれば、我滅後五百年が間は迦葉・阿難等に小乗経の薬をもて一切衆生にあたへよ。次の五百年が間は文殊師利菩薩・弥勒菩薩・龍樹菩薩・天親菩薩等華厳経・大日経・般若経等の薬を一切衆生にさづけよ。我滅後一千年すぎて像法の時には薬王菩薩・観世音菩薩等、法華経の題目を除て余の法門の薬を一切衆生にさづけよ。末法に入なば迦葉・阿難等、文殊・弥勒菩薩等、薬王・観音等のゆづられしところの小乗経・大乗経並に法華経は文字はありとも衆生の病の薬とはなるべからず。所謂病は重し薬はあさし。其時上行菩薩出現して妙法蓮華経の五字を一閻浮提の一切衆生にさづくべし。
其時一切衆生此の菩薩をかたきとせん。所謂さる(□)のいぬ(犬)をみるがごとく、鬼神の人をあだむがごとく、過去の不軽菩薩の一切衆生にの(罵)り、あだまれしのみならず、杖木瓦礫にせめられし、覚徳比丘が殺害に及がごとくなるべし。
其時は迦葉・阿難等も或は霊山にかくれ、恒河に没、弥勒・文殊等も或は兜率の内院に入、或は香山に入せ給、観世音菩薩は西方にかへり、普賢菩薩は東方にかへらせ給。諸経は行ずる人はありとも、守護人なければ利生あるべからず。諸仏の名号は唱ものありとも、天神これをかごすべからず。但小牛の母をはなれ、金鳥のたかにあへるがごとくなるべし。
其時十方世界の大鬼神一閻浮提に充満して四衆の身に入、或は父母をがいし、或は兄弟等を失はん。殊に国中の智者げなる持戒げなる僧尼の心に此鬼神入て国主並に臣下をたぼらかさん。此時上行菩薩の御かびをかほりて、法華経の題目南無妙法蓮華経の五字計を一切衆生にさづけば、彼の四衆等並に大僧等此の人をあだむ事、父母のかたき、宿世のかたき、朝敵怨敵のごとくあだむべし。
其時大なる天変あるべし。所謂日月蝕し、大なる彗星天にわたり、大地震動して水上の輪のごとくなるべし。其の後は自界叛逆難と申て国主兄弟並に国中の大人を打ころし、後には他国侵逼難と申て隣国よりせめられて、或はいけどりとなり、或は自殺をし、国中の上下万民皆大苦に値し。
此ひとえに上行菩薩のかびをかをほりて法華経の題目をひろむる者を、或はのり、或はうちはり、或流罪し、或は命をたちなんどするゆへに、仏前にちかいをなせし梵天・帝釈・日月・四天等の法華経の座にて誓状を立てゝ、法華経の行者をあだまん人をば、父母のかたきよりもなをつよくいましむべしと、ちかうゆへなりとみへて候に、今日蓮日本国に生て一切経並に法華経の明鏡をもて、日本国の一切衆生の面に引向たるに寸分もたがわぬ上、仏の記給し天変あり、地夭あり。定で此国亡国となるべしとかねてしりしかば、これを国主に申ならば国土安穏なるべくもたづねあきらむべし。亡国となるべきならばよも用じ。用ぬ程ならば日蓮は流罪死罪となるべしとしりて候しかども、仏いましめて云、此事を知ながら身命ををしみて一切衆生にかたらずば、我が敵たるのみならず、一切衆生の怨敵なり。必阿鼻大城に堕べしと記給えり。此に日蓮進退わづらひて、此事を申ならば我身いかにもなるべし。我身はさてをきぬ、父母兄弟並に千万人の中にも一人も随ものは国主万民にあだまるべし。彼等あだまるゝならば仏法はいまだわきまえず、人のせめはたへがたし、仏法を行ずるは安穏なるべしとこそをもうに、此の法を持によて大難出来するはしんぬ此法を邪法なり、と誹謗して悪道に堕べし。此も不便なり。又此を申ずば仏誓に違する上、一切衆生の怨敵なり。大阿鼻地獄疑なし。いかんがせんとをもいしかども、をもひ切て申出ぬ。
申始し上は又ひきさすべきにもあらざれば、いよいよつより申せしかば、仏の記文のごとく、国主もあだみ、万民もせめき。あだをなせしかば、天もいかりて日月に大変あり。大せいせい(彗星)も出現しぬ。大地もふりかへしぬべくなりぬ。どしうちもはじまり、他国よりもせめたり。仏の記文すこしもたがわず。日蓮が法華経の行者なる事も疑わず。
但去年かまくらより此ところへにげ入候し時、道にて候へば各々にも申べく候しかども申事もなし。又先度の御返事も申候はぬ事はべち(別)の子細も候はず。なに事にか各々をばへだてまいらせ候べき。あだをなす念仏者・禅宗・真言師等をも並に国主等もたすけんがためにこそ申せ。かれ等のあだをなすはいよいよ不便にこそ候へ。まして一日も我かた(方)とて心よせなる人々はいかんがをろか(疎)なるべき。世間のをそろしさに妻子ある人々のとをざかるをばことに悦身なり。日蓮に付てたすけやりたるかたわなき上、わづかの所領をも召ならば、子細もしらぬ妻子所従等がいかになげかんずらんと心ぐるし。
而も去年の二月に御勘気をゆりて、三月の十三日に佐渡の国を立、同月の二十六日にかまくらに入、同四月の八日平さえもの尉にあひたりし時、やうやうの事どもといし中に、蒙古国はいつよすべきと申せしかば、今年よすべし。それにとて日蓮はなし(離)て日本国にたすくべき者一人もなし。たすからんとをもひしたう(慕)ならば、日本国の念仏者と禅と律僧等の頸を切てゆい(由比)のはまにかくべし。それも今はすぎぬ。
但皆人のをもいて候は、日蓮をば念仏師と禅と律をそしるとをもいて候。これは物かずにてかずならず。真言宗と申宗がうるわしき日本国の大なる呪咀の悪法なり。弘法大師と慈覚大師、此事にまどいて此国を亡さんとするなり。設二年三年にやぶるべき国なりとも、真言師にいのらする程ならば、一年半年に此国にせめらるべしと申きかせ候き。たすけんがために申を此程あだまるゝ事なれば、ゆりて候し時、さどの国よりいかなる山中海辺にもまぎれ入べかりしかども、此事をいま一度平左衛門に申きかせて、日本国にせめのこされん衆生をたすけんがためにのぼりて候き。
又申きかせ給し後はかまくらに有べきならねば、足にまかせていでしほどに、便宜にて候しかば設各々はいとわせ給とも、今一度はみたてまつらんと千度をもひしかども、心に心をたゝかいてすぎ候き。そのゆへはするがの国は守殿の御領、ことにふじ(富士)なんどは後家尼ごぜんの内の人々多し。故最明寺殿・極楽寺殿の御かたきといきどをらせ給なれば、きゝつけられば各々の御なげきなるべしとをもひし心計なり。いまにいたるまでも不便にをもひまいらせ候へば御返事までも申ず候き。この御房たちのゆきすりにも、あなかしこあなかしこ、ふじ(富士)かじま(賀島)のへんへ立よるべからずと申せども、いかが候らんとをぼつかなし。
ただし真言の事ぞ御不審にわたらせ給候らん。いかにと法門は申とも御心へあらん事かたし。但眼前の事をもて知しめせ。隠岐法皇は人王八十二代、神武よりは二千余年、天照太神入かわらせ給て人王とならせ給。いかなる者かてきすべき上、欽明より隠岐の法皇にいたるまで漢土・百済・新羅・高麗よりわたり来る大法秘法、叡山・東寺・園城・七寺並に日本国にあがめをかれて候。此は皆国を守護し国主をまほらんため也。隠岐の法皇、世をかまくらにとられたる事を口をしとをぼして、叡山・東寺等の高僧等をかたらひて、義時が命をめしとれと行ぜし也。此事一年二年ならず、数年調伏せしに、権大夫殿はゆめゆめしろしめさざりしかば一法も行給はず、又行とも叶べしともをぼへずありしに、天子いくさにまけさせ給て、隠岐国へつかはされさせ給。日本国の王となる人は天照太神の御魂の入かわらせ給王也。先生の十善戒の力といひ、いかでか国中の万民の中にはかたぶくべき。設とが(失)ありとも、つみあるをや(親)を失なき子のあだむにてこそ候ぬらめ。設親に重罪ありとも、子の身として失に行はんに天うけ給べしや。しかるに隠岐の法皇のはぢにあはせ給しはいかなる大禍ぞ。此ひとへに法華経の怨敵たる日本国の真言師をかたらはせ給しゆへなり。
一切の真言師は灌頂と申て釈迦仏等を八葉の蓮華にかきて此を足にふみて秘事とするなり。かゝる不思議の者ども諸山諸寺の別当とあをぎてもてなすゆへに、たみの手にわたりて現身にはぢにあひぬ。此大悪法又かまくらに下て御一門をすかし、日本国をほろぼさんとする也。此事最大事なりしかば弟子等にもかたらず、只いつはりをろかにて念仏と禅等計をそしりてきかせし也。今は又用られぬ事なれば、身命もおしまず弟子どもに申也。かう申せばいよいよ御不審あるべし。日蓮いかにいみじく尊とも慈覚・弘法にすぐるべきか。この疑すべてはるべからず。いかにとかすべき。
但し皆人はにくみ候に、すこしも御信用のありし上、此までも御たづねの候は只今生計の御事にはよも候はじ。定て過去のゆへ歟。御所労の大事にならせ給て候なる事あさましく候。但しつるぎはかたきのため、薬は病のため。阿闍世王は父をころし仏の敵となれり。悪瘡身に出て後、仏に帰伏し法華経を持しかば、悪瘡も平癒し寿をも四十年のべたりき。而も法華経は閻浮提人病之良薬とこそとかれて候へ。閻浮の内の人病の身なり。法華経の薬あり。三事すでに相応しぬ。一身いかでかたすからざるべき。但御疑の御わたり候はんをば力及ばず。南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経。   七月十二日   日蓮  [花押]  御返事