祈祷経送状
115 祈祷経送状
御札之旨委細承候畢。兼又入末法持法華経候者蒙三類之強敵候はん事は面拝之時大概申候畢。仏の金言にて候上は不可致不審候歟。然則日蓮も奉信此法華経候て後は、或頭蒙疵、或被打、或被追或臨頸座或被流罪候し程に結句は此嶋まで被遠流候ぬ。何なる重罪の者も現在計こそ被罪科候へ。日蓮は三世の大難に値候ぬと存候。其故は現在の大難は如今。過去の難は当世の諸人等が申如くば、如来在世の善星・倶伽利等の大悪人が不失重罪余習如来の滅後に生て如是仏法に敵をなすと申候是也。
次に未来の難を申候はば、当世の諸人の部類等謗じ候はん様は、此日蓮房は存生之時は種種の大難にあひ、趣死門之時は自身を自ら食して死る上は、定て大阿鼻地獄に堕在して無辺の苦を受くるらんと申候はんずる也。自古已来世間出世の罪科の人、貴賤・上下・持戒毀戒・凡聖に付て多候へども、但其は現在計にてこそ候に、日蓮は現在は不及申過去未来に至まで三世の大難を蒙り候はん事は、只偏に法華経の故にて候也。
日蓮が三世の大難を以て法華経の三世の御利益を被覚食候へ。過去久遠劫より已来未来永劫まで、妙法蓮華経の三世の御利益不可尽候也。日蓮が法華経の方人を少分仕り候だにも加様の大難に遭候。まして釈尊の世世番番の法華経の御方人を思遣まいらせ候に道理申計なくこそ候へ。されば勧持品の説相は暫時も不廃。殊更殊更貴覚候。
一御山篭御志事。凡雖背末法折伏行病者にて御座候上、天下の災・国土の難強盛に候はん時、我身につみ知候はざらんより外は、いかに申候とも国主信ぜられまじく候へば日蓮尚篭居の志候。まして御分之御事はさこそ候はんずらめ。仮使山谷に篭居候とも、御病も平癒して便宜も吉候者捨身命可令弘通給。
一蒙仰候末法行者息災延命祈祷事。別紙一巻註進候。毎日一返無闕如可被読誦候。日蓮も信じ始候し日より毎日此等の勘文を誦し候て仏天に祈誓し候によりて、雖遇種種大難法華経の功力・釈尊の金言深重なる故に今まで無相違候也。付其法華経の行者は信心に無退転身無詐親一切法華経に任其身如金言修行せば、慥に後生は不及申今生も息災延命にして勝妙の大果報を得、広宣流布之大願をも可成就也。
一御状十七出家後不帯妻子不食肉[云云]。信権教大謗法の時の事は何なる持戒の行人と申候とも、背法華経謗法罪の故に、正法の破戒の大俗よりも百千万倍劣候也。彼謗法比丘雖持戒也堕無間。正法の大俗は雖破戒也成仏無疑故也。但今御身捨念仏等権教帰正法給故誠持戒中清浄聖人也。尤成比丘権宗人尚可然。況正法行人哉。仮使権宗時妻子也とも、かゝる大難に遇ん時は、振捨可弘通正法之処自地体聖人尤吉尤吉。相構相構向後も夫妻等寄来とも遠離して一身無障礙国中の謗法をせめて可奉資釈尊之化儀者也。猶猶向後誦此一巻書祈誓仏天可有御弘通候。但此書者有弘通之志人に取ての事也。此経の行者なればとて不能器用者無左右不可授与之候歟。穴賢穴賢。恐恐謹言。 文永十年[癸酉]正月二十八日 日蓮[花押] 最蓮房御返事