同生同名御書
104 同生同名御書
此御文は藤四郎殿の女房と、常によりあひて御覧あるべく候。
大闇をば日輪やぶる。女人の心は大闇のごとし、法華経は日輪のごとし。幼子は母をしらず、母は幼子をわすれず。釈迦仏は母のごとし、女人は幼子のごとし。二人たがひに思へばすべてはなれず。一人は思へども、一人思はざればあるときはあひ、あるときはあわず。仏はをもふものゝごとし、女人はをもはざるものゝごとし。我等仏ををもはゞいかでか釈迦仏見え給はざるべき。石を珠といへども珠とならず、珠を石といへども石とならず。権教の当世の念仏等は石のごとし。念仏は法華経ぞと申とも法華経等にあらず。又法華経をそしるとも、珠の石とならざるがごとし。
昔唐国に徽宗皇帝と申せし悪王あり。道士と申すものにすかされて、仏像経巻をうしなひ、僧尼を皆還俗せしめしに、一人として還俗せざるものなかりき。其中に法道三蔵と申せし人こそ、敕宣をおそれずして面にかなやき(火印)をやかれて、江南と申せし処へ流されて候しが、今の世の禅宗と申す道士の法門のやうなる悪法を御信用ある世に生れて、日蓮が大難に値ことは法道に似たり。
おのおのわずかの御身と生れて、鎌倉にゐながら人目をもはゞからず、命をもおしまず、法華経を御信用ある事、たゞ事ともおぼえず。但おしはかるに、濁水に玉を入ぬれば水のすむがごとし。しらざる事をよき人におしえられて、其まゝに信用せば道理にきこゆるがごとし。釈迦仏・普賢菩薩・薬王菩薩・宿王華菩薩等の各々の御心中に入給へるか。法華経の文に閻浮提に此経を信ぜん人は、普賢菩薩の御力也と申す是なるべし。女人はたとへば藤のごとし、をとこは松のごとし。須臾もはなれぬれば立あがる事なし。はかばかしき下人もなきに、かゝる乱れたる世に此との(殿)をつかはされたる心ざし、大地よりもあつし、地神定てしりぬらん。虚空よりもたかし、梵天帝釈もしらせ給ぬらん。人の身には同生同名と申す二のつかひ(使)を、天生るゝ時よりつけさせ給て、影の身にしたがふがごとく須臾もはなれず、大罪小罪大功徳小功徳すこしもおとさず、かはるかはる天にのぼ(上)て申候、と仏説給。此事はや天もしろしめしぬらん。たのもしゝたのもしゝ。 四月 日 日蓮[花押] 四条金吾殿女房 御返事