女人往生鈔
42 女人往生鈔
第七巻に後五百歳二千余年の女人の往生を明す事を云はば、釈迦如来は十九にして浄飯王宮を出給て、三十の御年成仏、八十にして御入滅ならせ給き。三十と八十との中間を数れば年紀五十年也。其間一切経を説給き。
何も皆衆生得度の御ため無虚妄の説、一字一点もおろかなるべからず。又凡夫の身として是疑べきにあらず。但仏説より事起て、小乗大乗・権大乗・実大乗・顕教・密教と申名目新たに出来せり。一切衆生には皆成仏すべき種備はれり。雖然小乗経には此義を不説顕。されば仏我ととかせ給経なれども、諸大乗経には多く小乗経を嫌へり。
又諸大乗経にも法華已前の四十余年の諸大乗経には、一切衆生に多分仏性の義をば許せども、又一類の衆生には無仏性の義を説給へり。一切衆生多分仏性の義は巧なれども、一類無仏性の義がつたなき故に、多分仏性の巧なる言も又拙き言と成ぬべし。
されは涅槃経云雖信衆生是仏性有不必一切皆悉有之是故名為信不具足等〔云云〕。此文の心は一切衆生に多分仏性ありと説ども、一類に無と説ば所化の衆生は闡提の人と成べしと云文也。四十余年の衆生は三乗五乗倶に闡提の人と申す文也。
されば仏、無量義経に四十余年の諸経を結云四十余年未顕真実文。されば智者は且く置く、於愚者且く四十余年の御経をば仰て信をなして置べし。法華経こそ正直捨方便但説無上道、妙法華経皆是真実と釈迦多宝の二仏定させ給上、諸仏も座に列り給て舌を出させ給ぬ。
一字一文一句一偈也とも信心を堅固に発して疑を成べからず。其上、疑を成ならば、生疑不信者即当堕悪道若人不信乃至其人命終入阿鼻獄と、無虚妄の御舌をもて定めさせ給ぬれば、疑をなして悪道におちては何の詮か有べきと覚ゆ。
されば二十八品何も疑なき其中にも、薬王品の後五百歳の文と勧発品の後五百歳の文とこそ殊にめづらしけれ。勧発品には此文三処にあり。三処倶に後五百歳二千余年已後の男女等に亘る。薬王品には此文二処にあり。
一処には後五百歳に法華経の南閻浮提に可流布由を説て候。一処には後五百歳の女人の法華経を持て、大通智勝仏の第九の王子阿弥陀如来の浄土、久遠実成の釈迦如来の分身の阿弥陀の本門同居の浄土に往生すべき様を説れたり。
抑仏には偏頗御坐まじき事とこそ思侍るに、後五百歳の男女ならば男女にてこそ御坐べきに、余処に後五百歳の男女法華経を持て往生成仏すべき由の委細なるに、重て後五百歳の女人の事を説せ給へば、
女人の御為にはいみじく聞れども、男子の疑は尚ある歟と覚る故に、仏には偏頗のおわするかとたのもしくなき辺もあり。旁疑はしき事也。雖然力及ばず。後五百歳二千余年已後の女人は法華経を行じて、阿弥陀仏の国に往生すべしとこそ御覧じ侍りけめ。
仏は悉達太子として御坐しが十九の御出家也。三十の御年仏に成せ給たりしかば、迦葉等の大徳通力の人人千余人付まいらせたりしかども、猶五天竺の外道怨み奉てあやうかりしかば、
浄飯大王おほせありしやうは、悉達太子をば位を譲り奉て転輪聖王と仰ぎ奉んと思召しかども、其甲斐もなく出家して仏となり給ぬ。今は又人天一切衆生の師と成せ給ぬれば、我一人の財にあらず。一切衆生の眼目也。
而を外道に云甲斐なくあやまたせ奉る程ならば悔るとも甲斐なけん。されば我を我と思ん一門の人人出家して仏に付奉れと仰ありしかば、千人の釈子出家して仏に付奉る。千人の釈子一一に浄飯王宮にまひり、案内を申て御門を出給しに、九百九十八人は事ゆへなく御門の橋を打渡き。
提婆達多と瞿伽利とは橋にして馬倒れ冠ぬげたりき。相人見之、此二人は仏の聖教の中に利益あるべからず。還て仏教によて重罪を造て阿鼻地獄に堕べしと相したりき。
又震旦国には周の第十三平王の御宇に、かみをかうふり、身赤裸なる者出来れり。相人相して云、百年に及ばざるに世将に亡なんと。此等の先相に寸分も違はず。遂に瞿伽利、現身に阿鼻地獄に提婆と倶に堕ち、周の世も百年の内に亡ぬ。此等は皆仏教の智慧を得たる人は一人もなし。
但二天・三仙・六師と申外典、三皇・五帝等の儒家共也。三惑一分も断ぜず、五眼の四眼既に欠て但肉眼計也。一紙の外をもみず、一法も推当ん事難かるべし。雖然此等の事一分も不違。
而に仏は五重の煩悩の雲晴れ、五眼の眼無曇、三千大千世界・無量世界・過去未来現在掌の中に照知照見せさせ給ふが、後五百歳南閻浮提の一切の女人、法華経を一字一点も信じ行ぜば、本時同居の安楽世界に往生すべしと、知見し給ける事の貴く憑敷事云計なし。
女人の御身として漢の李夫人・楊貴妃・王昭君・小野小町・和泉式部と生れさせ給たらんよりも、当世の女人は喜しかるべき事也。彼等は寵愛の時にはめづらしかりしかども一期は夢の如し。当時は何れの悪道にか侍らん。
彼の時は世はあがり(上代)たりしかども、或は仏法已前の女人、或は仏法の最中なれども後五百歳の已前也。仏指給はざる時なれば覚束なし。当世一切の女人は仏の記し置給ふ後五百歳二千余年に当て是実の女人往生の時也。
例せば冬は氷乏しからず、春は花珍しからず、夏は草多く、秋は菓多し。時節如此。当世の女人往生も亦如此。貪多く瞋多く愚多く慢多く嫉多きを不嫌。何況此等の過無らん女人をや。
問云、内外典の詮を承るに道理には不過。されば天台釈云、明者貴其理暗者守其文〔文〕。釈の心はあきらかなる者は道理をたつとび、くらき者は文をまもると会せられて侍べり。さればこそ此後五百歳若有女人の文は仏説なれども心未顕。其故は正法千年は四衆倶に持戒也。故に女人は五戒を持ち、比丘尼は五百戒を持て、破戒無戒の女人は市の中の虎の如し。
像法一千年には破戒の女人・比丘尼是多く、持戒の女人は是希也。入末法無戒の女人是多し。されは末法の女人いかに賢しと申とも正法・像法の女人には過べからず。又減劫になれば日日に貪瞋癡増長すべし。
貪瞋癡強盛なる女人を法華経の機とすべくは末法万年等の女人をも取べし。貪瞋癡微薄なる女人をとらば正像の女人をも取べし。今とりわけて後五百歳二千余年の女人を仏の記させ給事は第一の不審也。
答云、此事第一の不審也。雖然試に一義を顕すべし。夫仏と申は大丈夫の相を具せるを仏と名く。故に女人には大丈夫の相無し。されば諸小乗経には一向に女人成仏を許さず。女人も男子と生て後に成仏あるべしと説かる、諸大乗経には多分は女人成仏を許さず。少分成仏往生を許せども又有名無実也。
雖然法華経は九界の一切衆生、善悪・賢愚・有心無心・有性無性・男子女人、一人も漏なく成仏往生を許さる。雖然経文略を存する故に、二乗作仏・女人悪人の成仏・久遠実成等をこまやかに説て、男子・善人・菩薩等の成仏をば委細にあげず。人此を疑はざる故歟。
然るに在世には仏威徳の故に成仏やすし。仏の滅後には成仏は難く往生は易かるべし。雖然滅後には二乗少く善人少し。悪人のみ多かるべし。悪人よりも女人の生死を離ん事かたし。
雖然正法一千年の女人は像法・末法の女人よりも少しなをざりなるべし。諸経の機たる事も有なん。像法の末、末法の始よりの女人は殊に法器にあらず。諸経の力及べからず。但法華経計り助給べし。
故に次上の文に十喩を挙るに、川流江河の中には大海第一、一切の山の中には須弥山第一、一切の星中には月天子第一、衆星と月との中には日輪第一等のべて千万億の已今当の諸経を挙て江河諸山衆星等に譬て、法華経をば大海須弥日月等に譬へ、如此讃已て、
殊に後五百歳の女人に此経を授給ぬるは、五濁に入り正像二千年過て末法の始の女人は殊に諂曲なるべき故に、諸経の力及べからず、諸仏の力又不可及、但法華経の力のみ及給べき故に、後五百歳の女人とは説れたる也。されは当世の女人は法華経を離ては往生不可協也。
問云双観経に法蔵比丘の四十八願の第三十五云設我得仏十方無量不可思議諸仏世界其有女人聞我名字歓喜信楽発菩提心厭悪女身寿終之後復為女像者不取正覚〔文〕。
善導和尚観念法門云乃由弥陀本願力故女人称仏名号正命終時即転女身得成男子。弥陀接手菩薩扶身坐宝華上随仏往生入仏大会証悟無生〔文〕。又云一切女人若不因弥陀名願力者千劫・万劫・恒河沙等劫終不可転得女身等〔文〕。此経文は依弥陀本願女身男子と成て往生すべしと見えたり。
又善導和尚の不因弥陀名願力者等の釈は弥陀の本願によらずは女人の往生有べからずと見えたり。如何。答云双観経には女人往生の文は有といへども、法華経に説るゝところの川流江河の内、或は衆星の光なり。末代後五百歳の女人弥陀の願力に依て往生せん事は、大石を小船に載せ大胄を弱兵に著せたらんが如し。