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船守弥三郎許御書

第一巻 定本番号 26 弘長1(1261) 分類: その他

祖寿: 40 著作地: 伊豆 伊東 

    26  船守弥三郎許御書
わざと使を以て、ちまき・さけ・ほしひ・さんせう(山椒)・かみ(紙)しなじな給候畢。又つかひ申され候は、御かくさせ給へと申上候へと。日蓮心得申べく候。
日蓮去五月十二日流罪の時、その津につきて候しに、いまだ名をもきゝをよびまいらせず候ところに、船よりあがりくるしみ候きところに、ねんごろにあたらせ給候し事はいかなる宿習なるらん。
過去に法華経の行者にてわたらせ給へるが、今末法にふなもりの弥三郎と生れかわりて日蓮をあわれみ給か。
たとひ男はさもあるべきに、女房の身として食をあたへ、洗足てうづ其外さも事ねんごろなる事、日蓮はしらず不思議とも申ばかりなし。
ことに三十日あまりありて内心に法華経を信じ、日蓮を供養し給事いかなる事のよしなるや。
かゝる地頭・万民、日蓮をにくみねたむ事鎌倉よりもすぎたり。みるものは目をひき、きく人はあだ(怨)む。
ことに五月のころなれば米もとぼしかるらんに、日蓮を内内にてはぐくみ給しことは、日蓮が父母の伊豆の伊東かわな(川奈)と云ところに生れかわり給か。
法華経の第四云及清信士女供養於法師[云云]。法華経を行ぜん者をば、諸天善神等、或はをとことなり、或は女となり、形をかへ、さまざまに供養してたすくべしと云経文也。
弥三郎殿夫婦の士女と生れて、日蓮法師を供養する事疑なし。さきにまいらせし文につぶさにかきて候し間今はくはしからず。
ことに当地頭の病悩について、祈せい申べきよし仰候し間、案にあつかひ(扱)て候。然れども一分信仰の心を日蓮に出し給へば、法華経へそせうとこそをもひ候へ。
此時は十羅刹女もいかでか力をあわせ給はざるべきと思候て、法華経・釈迦・多宝・十方の諸仏並に天照八幡大小の神祇等に申て候。
定て評議ありてぞしるしをばあらはし給はん。よも日蓮をば捨させ給はじ。
いたき(痛)とかゆきとの如く、あてがわせ給はんとをもひ候しに、ついに病悩なをり、海中いろくづの中より出現の仏体を日蓮にたまわる事、此病悩のゆへなり。
さだめて十羅刹女のせめなり。此功徳も夫婦二人の功徳となるべし。
我等衆生無始よりこのかた生死海の中にありしが、法華経の行者となりて無始色心本是理性、妙境妙智金剛不滅の仏身とならん事、あにかの仏にかわるべきや。
過去久遠五百塵点のそのかみ唯我一人の教主釈尊とは我等衆生の事なり。法華経の一念三千の法門、常住此説法のふるまいなり。かゝるたうとき法華経と釈尊にてをはせども凡夫はしる事なし。
寿量品云令顛倒衆生雖近而不見とはこれなり。迷悟の不同は沙羅の四見の如し。一念三千の仏と申は法界の成仏と云事にて候ぞ。
雪山童子のまへにきたりし鬼神は帝釈の変作なり。
尸毘王の所へにげ入し鳩は毘首羯摩天ぞかし。
班足王の城へ入し普明王は教主釈尊にてまします。肉眼はしらず、仏眼は此をみる。虚空と大海とには魚鳥の飛行するあとあり。此等は経文にみえたり。
木像即金色なり、金色即木像なり。あぬるだ(阿楼駄)が金はうさぎとなり、死人となる。
釈摩男がたなごゝろには、いさご(沙)も金となる。此等は思議すべからず。凡夫即仏なり、仏即凡夫なり、一念三千我実成仏これなり。
しからば夫婦二人は教主大覚世尊の生れかわり給て日蓮をたすけ給か。伊東とかわな(川奈)のみちのほどはちかく候へども心はとをし。後のためにふみをまいらせ候ぞ。
人にかたらずして心得させ給へ。すこしも人しるならば御ためあしかりぬべし。むねのうちにをきて、かたり給事なかれ。あなかしこあなかしこ。南無妙法蓮華経
弘長元年六月二十七日   日蓮  花押  船守弥三郎殿許遣之