安国論副状
書下し
安国論副状
[1]未だ見参に入らずといえども、事に触れ書を奉るは常の習に候か。抑も正嘉元年〈太歳丁巳〉八月二十三日戍亥の尅の大地震、日蓮諸経を引いてこれを勘うるに、念仏宗と禅宗等とに御帰依あるの故に、日本国中の守護の諸大善神、恚に依つて起す所の災なり。もし御対治なくんば、他国のために此の国を破らるべき悪瑞の由、勘文一通これを撰し、立正安国論と号し、正元二年〈太歳庚申〉七月十六日、宿屋入道に付して故最明寺入道殿にこれを進覧せしむ。(後欠)
現代語訳
安国論副状
文永五年(一二六八)、四七歳、於鎌倉、北条時宗宛、原漢文、定四二一頁。
[1]いまだ御対面の機会を得ないとはいえ、国の存亡に関わる重大事に関して書面を提出するということは世間のならわしでありましょう。そもそも、正嘉元年(<暦>一二五七暦>)八月二十三日午後九時ごろの大地震について、私(日蓮)が諸経の文に照らし合わせて考えた結果、日本国の上下万民すべてが念仏宗や禅宗などの間違った教えに帰依しているために、この国を守るべき諸天善神が怒って起こした災難である。もしこれら悪法を広める諸宗を根絶しないならば、日本国が外国から攻められ滅びてしまう悪い前兆であることを論じた一巻の書を撰述し、立正安国論と名づけ、正元二年(文応元年、<暦>一二六〇暦>)七月十六日、宿屋入道光則を通じて故最明寺入道殿に御覧に供するよう進上したのである。(後欠)