本寺参詣鈔
46 本寺参詣鈔
御札の旨委細承候畢。ことに大はう一束。人参拾両。慥に給畢。所労の義いまだしかじかともなく候。此度はたすかりつべくも覚へ候はず。抑刑部房先度中途よりまかりかへり、身延山へまいり候はぬ由驚入候。無信力のいたり是非なく候。彼山の事は月氏の霊鷲山、震且の天台山にもこへたる事、以前申こし候へばかさねてのべず候。ことに一昨日波木井殿へも申入候。此度はのがれがたく候へば、墓所のことは身延沢にたてさせ玉へと、かたくをのをの(各)へも申候。師の恩を報じみやづかへする事は、めづらしからぬ事に候。殊に仰つけられ候ことをも聞候はでかへり候事、曲事にて候。ことはりいひきかせ御せつかん可有候。
白亀はあをの恩を報じ、昆明池の大魚は夜中に宝珠をささぐ。畜生すら如斯。況人倫にをいてをや。されば外典三千余軸、内典七千余巻にも知恩報恩をもて先とす。孟宗は報恩の志しふかかりしかば雪中に笋生ず。郭巨は孝養の道に達せしかば天より金のかまを賜ふ。止観一云、薬王焼手普明刎頭。一日三捨恒河沙身尚不能報一句之恩矣。我門弟は身延山を本とすべし。我常に彼に住して知恩報恩の人を守護すべければ也。然則日蓮が末世の弟子等も、在在所所にありて此経を弘通せん者、必先身延沢に参詣すべし、さなくしては弘通も成就すべからず。たとひ一往成就するに似たりと云へども、仏意に契当すべからざるなり。
問云其法を弘通して成就せんは仏意に叶としるべし。何ぞ契当すべからずと云や。答云、光宅寺の雲法師は法華経をもて雨をいのりしかば即時に雨ふる。此を妙楽大師判云、感応若斯猶不称理等[云云]。かの拘留外道の法は八百年繁昌し、六師三仙の法は久しく五天竺にはびこる。然といへども既に外道の法也。豈に成就するを以て仏法といはんや。
問云、忝も上行所伝の妙法をもて外道の法に例する事如何。答云、能弘の人によつて正法かへつて邪法となる事あり。これ守護経の文也。不孝の人の弘経、豈に邪法に不例乎。外道の法を修行すれば一往天に生ず。不知恩の人は順次生に三悪趣に堕するとは華厳経の意也。周の文王と申せしは、殷の紂王の四将の中に西伯将とて第一の将軍也。仁義を先として頗る賢人也。紂王の民を損害し、非法ををこなはるる事を悲て、いくたびか諌るといへどもさらにいるる事なし。西伯をもはく、此王を伐て天下を平げ、民をやすんぜんと。巧みさまざまなれども、本意をとげがたくして空く薨じ玉へり。武王父の本望を達せんとて、数万の軍兵を引卒し度度合戦に及ぶといへども、又かつことを得ず。時に武王、父西伯のはか(墓)所にいたりて、存生の人に物語するが如く、いんぎん(慇懃)にうつたへて云く、抑主君にそむいてたたかいを興する事、一には国民のため、二には父の本意を達して孝養とせん為也。然に数度打負け、人数をほろぼしてはや力なし。今においては腹をきるより外の事なしと[云云]。父忽に形をあらはして云く、汝知恩の道あさし。夫たたかいを成就せんと思はば、此墓処にして七日七夜礼拝をいたせ。速に勝利をえんと、聞かと思へば夢にしてさめぬ。驚て教の如くして家にかへり、西伯のかたちを木像に造り、是を大将として、都にをもむき紂王をせむるに、大風の小樹の枝をなびかすが如く、ほどなく彼をたいらげて天下を掌ににぎり、父をば文王と贈号し、祖父曽祖父まで王号をたてまつれり。是周の代の始也。それより已来三十七王相続して八百年をたもてり。是知恩の礼孝によれり。
我門弟等志あらんもの、先日蓮が墓所にまいり、報恩道をつとめて各弘通すべし。若夫面面にこゝろばたをさして本寺に違背せば、枝葉の根をわすれ、流のみなもと(源)にそむくが如し。古賢云、欲生長枝葉堅其根本。欲不絶流水願其源深[云云]。止一云挹流尋源聞香討根。弘一云今之止観興于像末如流如香。金口梵音如根如源矣。本寺を忘るる門弟等は、何事をつとむと云へども徒事なるべし。是逆路伽耶陀の者にして皆悪道に堕べきなり。此趣を以て刑部房等其外の人人を御教訓あるべく候。恐恐謹言。
弘安五年[壬午]九月廿一日 日蓮[花押]
最蓮御房 御返事
弘安五年[壬午]九月廿一日 日蓮[花押]
最蓮御房 御返事